Candy of Magic !! 【完】
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ミクside
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そうだ、前に会っていた。思い出した。確かにそんな人がいた。
でも、引っ越しやらですっかりその思い出を忘れてしまっていたんだ。別れのときの衝撃で忘れてしまったのかもしれないけれど。
でも、その思い出からこうして飛び出して来たおにいちゃん。おにいちゃんとは、アラン先輩だったんだ。
「あっ……あっ!」
「思い出したか?」
「あっ、はい……ばっちり思い出しました」
色々と思い出して声を出していると、先輩の心地よい声が耳に入って来る。なんだか、今まで感じていた不安や悲しみがいっきに吹き飛んで清々しい気分だ。
さっきまでの鬱々とした気分が見事に晴れていく。
「まさかとは思っていたが……黒髪で黒目といい、マナが見えるといいガラス細工に興味を持っているといい……偶然が重なり過ぎていると思ってな」
「え、マナが見えていることもですか?!」
「ああ。おまえ噴水の水面に映ったキツネを目で追っていただろう」
「どうしてそれを……」
「俺もやってたから」
それで合点がいく。誰にもバレてないと思ってたんだけどな……水面はもちろん、ガラスの窓とか、コップの側面とか。
反射できるものを通して後ろや上にいるマナを見ていた。どうしても気になって仕方なかったときはその手段でマナを見るようにした。変な目で見られたくなかったから。
それを先輩もやっていたと知ると、なぜか笑いが込み上げてきた。
「あははは……」
「なんで笑うんだよ」
「いえ……意味なんてないんですけど、なんだかおかしくって。アラン先輩もそういうことをするんだなって……」
「バカだな。俺も人間だぞ」
「そうですね……」
そして私はまた笑う。アラン先輩もつられて控えめに笑い始めた。その震動が伝わってきてハッと気がつく。
「ちょ、離れてくださいよ先輩」
「無理だな。また逃げられそうだ」
「逃げませんから!誰かに見られでもしたら……」
「見られても俺は別に構わないが」
「私は構いますっ」
くそう。離してくれそうにない。どうやったら離れてくれるのかと無意識に時計を見ると、決勝戦の開始時刻が迫っていた。
また試合を見逃すことはプライドが許さない。
「先輩だって決勝戦ありますよね?私のクラスもバスケが決勝戦なんです!」
「そうか……あと何分だ?」
「5分くらいです」
「じゃああと1分」
「いい加減にしてくださいー!」
「……わかったよ。でも、覚悟しとけ」
「え?」
先輩はまた意地悪な笑みを浮かべて私の頭をくしゃっと撫でた。そして軽く手を振ってから走り去って行った。その動作があまりにもスムーズで呆気に取られる。
でも、覚悟って?何の覚悟?
私は頭の上にその疑問を浮かべながらまた時計を見る。そして現実に引き戻されて慌てて駆け出した。だから二の舞は避けたいんだってば!
体育館に着くと、ちょうどジャンプボールをするところだった。ユラの隣に寄って一緒に観戦する。
「どこ行ってたの?」
「うーん……トイレ」
「トイレ……ミクは能天気だね。王子が試合に出るっていうのに」
「王子?誰それ」
「ヤト君のことよ。救世主みたいだから王子。容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群。この三拍子が揃ってるんだから当たり前でしょ?」
「……そうだね」
なんだか凄いことになってる。ヤト君いつの間に皆のヒーローになっちゃったの?あれか、さっきの試合でか。
本当は見たくって見られなかったことにイライラしてヤト君にぶつけちゃって……私って我が儘だなあ。もっとやり方はあったはずなのにあんな態度取っちゃって情けない。
その王子の手を振り払ってしまった私は罰当たりなのか。
「あ、王子のシュート!」
それ絶対に本人聞いたら嫌な顔するよねきっと。王子って呼ばれてること知ってるのかな……
王子もといヤト君がシュートを放つと、見事にゴールの籠にすっぽりと収まった。沸き上がる……言うまでもなく黄色い歓声。相手のクラスの女子でさえ叫んでいる。
……相手のクラスの男子に同情するよ。
「スリー、さっきの試合で決めたんだって?」
「そうそうあれは凄かった。しかも二回だよ二回。凄いよねー」
「二回……」
だからさっきの得点が偶数だったのかとひとりで納得していると、私の目の前にボールが転がってきた。拾い上げるとそれをヤト君に取られた。
ヤト君は一瞬私を見た後すぐに目をそらした。先ほどのことが私の脳裏に浮かび上がる。
そして、私は思い付いた言葉を素直に口にした。
「頑張れ!」
私の声が届いたのか、ちょっぴり立ち止まってから審判にボールを渡す。そしてホイッスルを鳴らした審判からボールを受け取ってメンバーにパスした。
そして、ヤト君はゴールのところへと走りパスを受けると、スリーラインからシュートを放った。おおっ!と期待の声が上がる。
そのボールは私たちの期待に答えるべく、僅かにボードに当たった後見事にゴールへと落ちていった。バスッと音が鳴ってボールが籠から落ちた。
その瞬間観客の熱気はヒートアップした。男子の歓声と女子の悲鳴。
ヤト君はメンバーとハイタッチをしながら私に目配せをしてきた。とても満足げな表情でしたり顔を見せつけてくる。
私が呆れたような笑みを浮かべると、ヤト君はまた試合に集中した。彼は彼なりに私の言葉に答えたのだとわかると嬉しくなる。
彼は入学してから笑うようになった。些細なことでも喜怒哀楽を示せるようになった証拠でもある。それは良い意味であるが、それと同時に彼の言うめんどくさい現象にもなるわけで……
この球技大会が過ぎれば、それに発車がかかるはずだ。それは……女子からの視線。
今までは隠れファン的な女子に遠くで見られていたみたいだけど、今度はそうはいかないと思う。もっと積極的になるはずだからだ。
そうなったら、忙しくなるぞ……
「王子やるなあ!惚れ惚れしちゃうね。もうしてるけど」
てへっとふざけながら笑うユラに私は苦笑い。こんなキャラだったっけ。王子効果でとうとうタカが外れてしまったのか。
「ミクも惚れ惚れする?」
「し、しないしない。するわけないじゃん」
「そう?かわいそ」
「え?」
「なんでもない」
今の忘れて、とユラが手を小さく振る。いや、そこ気になるってば。何が可哀想なの?私のどこが?もしかしてときめかないってこと?
それならじゅうぶんに自覚しておりますがなにか。
「あ、そろそろ終わる」
夢中になって見ていたらいつの間にか試合終了間際になっていた。点数も圧倒的に1組の優勢。覆されることはないだろう。
カウンドダウンが始まって、私たちも声を張り上げる。
「「「5、4、3、2、1……」」」
そして、終了を告げるピピーッというホイッスルが鳴らされた。礼をすませたメンバーにどっと群がるクラスメート。胴上げしそうな勢いに少し身を引く。
特にヤト君は人気者で、男女問わず彼を褒めている。私はその光景をにこにこと笑って見ていたけど、ふと思い立ってユラに話しかけた。
「ごめん、用事あるから抜けるよ」
「え?ちょ、ミク?」
私にはもうひとつ見なければならない試合があるじゃないか。彼に取っては最後の球技大会。
急いで教室に戻って窓から見下ろす。校庭ではまだ4年生のサッカーの決勝戦をやっていた。椅子を窓に近づけてそこに座って眺める。
アラン先輩はどこだろうと探すと……ああ、いたいた。やっぱりこの人の纏う雰囲気は違うからすぐ見つけられた。人目を惹くその雰囲気は時として役に立つんだなと繁々と思った。
アラン先輩は……シュートをちょうど蹴ったところだった。それはキーパーをすり抜け見事にゴール!喜び合っている姿が微笑ましい。
その後も観戦して、先輩は見事に優勝。こっちでは胴上げをしていた。泣いている女子の先輩もいる。
胴上げされているのはアラン先輩で……初めは止めろと言わんばかりに拒否していたけど、ついに観念したのかおとなしく胴上げされていた。
でも嬉しいのか最後の方は腕を広げて全身で喜びを噛み締めているようだった。わっしょーいという掛け声がこっちまで届いて来る。
私も後でお祝いの言葉を言おう。
こうして無事に怪我人(いたはいたけど)も現れず球技大会は終わった。優勝したクラスには賞状とトロフィーが閉会時に授与され、それを記念写真に収めて教室に飾る。