Candy of Magic !! 【完】



「今年の学園祭に来てくれるそうだな」

「まあな。ナヴィ校にはまだ我が校は行ったことがなくてね。体育祭で会うのだから学園祭も、ということになった」

「なるほど。それで……おまえたちは見えるみたいだな」

「こいつのことか?それは俺しか見えてないよ」



アラン先輩の言う見えるというのは、もちろんマナのこと。でも他のメンバーは見えないらしく、軽く眉間にしわを寄せていた。いきなり自分たちを蚊帳の外に出されて気に食わないのだろう。

へへーんだ。私たちには見えるんだもんね!

……なんか、最近ユラ節が移ってきたかも。


ラルクさんがこいつ、と言うと、トラが頭上からふわりと降りてきた。その額をラルクさんが撫でる。でもそのトラが嫌いなのか犬はグルルル……と唸っているようだった。鼻面にしわを寄せて牙を向けている。マナにも好き嫌いがあるんだな、と改めて目の当たりにした。



「君の犬は優秀だな。番犬か?」

「違う、番犬なんかではない。大切な相棒だ」

「相棒ねえ……噛み付いて来ないことから躾はいき届いているようだな。そっちの子猫は……躾がなっていないようだが」

「……!」



嘲笑うかのような口調で言われ、ヤト君の表情が強ばった。そしてその瞳は鋭さを増す。子猫と言われただけでなく躾がなってないと侮辱されたのだから無理もない。

けど、ここで騒ぎを大きくしてほしくない。もし魔法が暴走すれば体育祭は台無しだ。


私は軽くヤト君のTシャツの袖を掴む。怒る理由はわかるけど、ここはなんとか抑えてほしい。

その行動をしたせいか、ラルクさんの視線が私へと注がれた。そして、おもしろいものを見つけたかのようにほくそ笑む。



「ほほう……おもしろい。マナが見えるにも関わらず魔法が使えないのか」

「……なぜわかった」

「なぜ?それは簡単さ。彼女からは何も感じない。殺気も威圧感も。さらにマナを所持していないしな」

「所持……?マナを道具か何かだと思っているのか」



ヤバい。アラン先輩が怒ってる。声色に怒気が含まれているように聞こえるし、拳を握り締めているから皮膚が白くなっている。

確かに、所持という言葉は撤回してほしい。マナは意思のない道具なんかじゃないし、ましてやその人のステータスでもない。

子猫だからって見下す理由にはならないんだから!



「これは失敬。気に障ったのなら謝罪しよう。だが、魔法は便利だと思わないか?炎にも水にも風にもなる。意のままに自然を操れるんだ。有頂天になっても仕方ないと思わないか?」

「有頂天、だと?」

「そう、有頂天だ。その証拠になぜ人間にはマナを見ることのできる者とできない者がいると思う?」

「……」

「それはだな「それは俺が説明してやろう」

「タク先輩……」



ラルクさんが偉そうに説明を始めようとしたら、タク先生が口を挟んだ。向こうは気分を害したみたいだけど、相手が他校の先生だし名の知れた科学者だから押し黙っている。

タク先生はきっと、その偉そうな口調にアラン先輩が堪えきれなくなる前に代弁することにしたのだろう。こんな内容のエキスパートだし、さっきからいつ口出ししようか機会を窺っていたし。



「紫姫の文献から、マナらしき存在は確認されている。実はマナは昔は魔法の源ではなく魔法そのものであったのかもしれないと言われているんだ」

「魔法そのもの……」



私が思わず呟くと、タク先生は私に頷いてみせた。



「そう、魔法そのもの。俺たちがいつも見ている魔法は、形のない火や水や風だ。しかし、そのときの魔法は生き物の容姿をしていたらしい。しかも自我があり持ち主とは別行動も取れたようだ。それはマナと同じだな。

その容姿のもととなる生き物は、幼いときに夢の中で契約をすることによって従うようになる。それからは、ただの火や水や風ではなくなるんだ。しかも魔法はすべての人間が使えたわけじゃない。まあ、歴史の授業で習ったと思うけど」



そう、歴史の授業でそこは少しかじった。昔の人は、瞳の色によって使えた魔法の属性が決まっていたらしい。赤やオレンジなら炎、緑なら風、そして青や水色なら水。でも青系統の人は、稀に治癒といって、傷を癒す力を持っていた人もいたみたい。今はその力は消滅してしまっていないって聞いてるけど。

そして、黒や茶色の人は魔法を使えなかったんだ。でも今は瞳の色は関係なくなっている。血が多様に混ざり合ったからなのだと教科書には参考として載っていた。それが定かかは誰にもわからないけどね。



「じゃ本題に入るか。なぜマナを見られる人とそうでない人がいるのか。それは簡単、彼が言ったように人間が有頂天になったから。それはつまり、魔法を扱うことが当たり前になりすぎて、魔法の重要性を軽んじるようになったからなんだ」

「あ、そうか。近くにありすぎると見えなくなるときもありますもんね。最初はバスケでドリブルをするときに手元やボールを見がちですけど、だんだんと見なくてもよくなってくる……それってつまり、当たり前になって慣れてきて気にしなくてもよくなったから」



ソラ先輩が自分に言い聞かせるように呟くと、先生は満足げに頷いた。



「そうだ。当たり前になるとありがたみを感じなくなることがあるだろ?バスケの場合はドリブルをするとき気を配る必要がなくなって、気にすることがなくなったから眼中から消えたんだ。

家で家事をしている母親は、家事をしていて当たり前の存在となりやがては気にすることもなくなる。そして母親が何をやっていようがその気配すら感じなくなる。すなわち……マナもいるのが当たり前になりすぎて、人間が必要としなくなったんだ。いてもいなくても同じになってしまった。だからマナはやがて、見える人間にしか見えなくなってしまったんだ」

「だから、人間が有頂天になってマナの存在を気にすることがなくなり、マナはその姿を人の目から消してしまったんだ。いや、消されたと言った方が正しいか」



最後にラルクさんが付け足す。どうも必要ない補足をありがとう。

また偉そうに腰に手を当てて言うもんだから、アラン先輩はピクリと片眉を上げた。そして眼鏡のフレームを指で押し上げて平常心を保とうとしている。



「さすがタク博士。紫姫の文献を読んだことがおありなんですね」

「いや、読んだっていうか読んだことのある人に聞いたんだ。その人もマナが見えていたから、そのことについて色々と研究をしている人でね」

「なるほど」



そこで会話が途切れると、ちょうどよく競技に参加する人を召集するアナウンスが流れた。今が潮時かな、とタク先生が呟くと、ではまた、とラルクさんが言って解散となった。

張りつめていた空気が一気に緩む。



「先生ナイスっすよ。時間を稼いでくれましたよね」

「まあそれもあるんだけど……変な仮説をペラペラと話されるとこっちの身からすれば黙って聞いてられなくなるから、その前に主導権を握ろうと思っただけだよ。それにしても、マナについてそこまで知ってるなんて予想外だったな」

「……くそっ」




ソラ先輩の言葉に苦笑いをしながら答えた先生。その横でヤト君が悪態をついた。どうやら侮辱されたことを根に持ってるみたいで、あの大きなトラを睨み付けている。

幾分ネコは落ち着いたのか、ふわふわと空中に漂いながら顔を手で洗っていた。


種目は3つほど進み、個人種目の400メートルリレーとなった。これにはユラが参加するからリレーコースの近くまで寄る。

1年生にも関わらずユラはアンカーを託されていて、何度も入念にバトンを受けるのを練習していた。その練習が実を結ぶといいんだけど。


パーンとピストルの音が響いて第一走者がスタートした。やっぱりエネ校がリードしてるけど、その後ろにぴったりとナヴィ校が付いた。ほぼ黒と青の一騎討ちになっている。

第二走者にバトンが託されると、スムーズにできたのか黒を追い越した。そのまま第三走者にバトンが回るけど今度は黒に追い抜かれてしまった。ああ、と落胆するけどがっかりするにはまだ早い。

アンカーには我らが期待の星、ユラが待ってるんだから。

そして、アンカーにバトンが渡された。さすがにアンカーの勝負は凄まじく、お互いがお互いを意識しているのがひしひしと伝わってくる。まさに手に汗握るっていうやつだ。

最後のストレートになると両者ともラストスパートをかけた。ほぼ並んで走っている。そしてそのままゴールしてしまった。こっちからじゃ遠くてよくわからなかった。どっちが先にゴールしたの?


審判だけじゃ判断しきれないらしく、ゴールテープを握っていた人にも確認している。さあ、どっちが勝ったの?

難しい顔をしばらく突き合わせていたけど、勝敗が決まったのか順位の幟(のぼり)を持った係の人がそれぞれに向かった。

結果は……あっ!やった!ユラ一位じゃん!

私は手を叩いて喜んだ。その横でもルル先輩が跳び跳ねている。私たちは2人して大はしゃぎをしてしまった。そうしないではいられなかったのだ。


続いての競技は800メートルリレー。それの第一走者はヤト君だった。どうやら学年に1人ずつ出すことになっているらしい。運動神経のいい他の男子を差し置いてヤト君が出られるなんて凄いことだ。

軽く手首と足首を回しているヤト君が見える。緊張しているのか、深呼吸を何度も繰り返していた。頑張れ!とエールを送る。

そして、位置について、ピストルの音が鳴り響いた。ダッとクラウチングスタートから駆け出す。凄い!先頭を独走している。

でも他の走者に変わってバトンパスが何度か回ると、やっぱり黒に抜かされてしまってそのままゴールされてしまった。どうやら今回の体育祭は青と黒の競争になりそうだ。ピンクやら緑やらは三位をどこが取るかで競ってるみたい。


ヤト君は競技が終わった後残念そうにして帰ってきた。タオルで汗を拭きながら水分補給をする。



「惜しかったね」

「あー……やっぱ黒速い」

「でも青も頑張ってるよ」

「ギリギリ黒に負けてんだよなー……団体も力出さねーと負ける」



そう、今までの結果からわかっていることは、私たち青は一歩がまだ届いていない。あと少しなんだけど、手が届きそうで届かないのだ。これほどムカつくことはない。


個人競技はこれでおしまいで、次からは団体競技に移る。まずは……障害物競争。それにはスバル君とチサト先輩が出ることになっているから見逃せない。

障害物は、縄を使って駆け足跳びをしながら進むのと、麻袋を使ってピョンピョンと飛びながら進むのと、平均台の上を進むのと、最後にハードルの下をくぐるのがある。小柄なスバル君が出るのだから、それは有利になると思うな。特に平均台とか細いところを進むわけだし。

でも、ちょっとそこにチサト先輩が出るのを想像できない……かもしれない。似合わなくて……

というか、意外すぎて。あんまりそういうのは出ない人だと思ってたから。それにチサト先輩は写真部の活動で場内をカメラ片手に走り回っているから、そういう珍プレーの多い競技に参加するなんてもったいないと思う。こけたりこけたりこけたり……それぐらいしか珍プレー浮かばないけれども。

この競技はひとりひとりの順位を総合させて順位を決めるから、団体とはいえ個人に近い。私の思っている、こけたりこけたり……を連発すればビリは確定だろう。

だから皆頑張ってほしい!



「へえー……スバルやるな」

「おっ。おおおっ。やっぱり平均台速い!」

「やっぱりって……おまえなあ」

「ハードルもくぐるの余裕!」

「……何言えばいいかわかんねえ」

「ゴール!一位だよスバル君!凄い!」

「……」



スバル君はなんと一位!満面の笑みを浮かべて一位の旗のところに座った。彼に障害物競争を託してよかったよー。次はチサト先輩だ。





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