Candy of Magic !! 【完】




「ミクちゃん終わったー?」

「終わったよー」

「よーし、じゃあ食堂行こうよ」

「まだ早いって」

「20分あるけど丁度いいって。並ぶんだから」



ドアの外から声が聞こえてガチャッと開ければユラが瞳を爛々とさせて立っていた。何をそんなにいきり立つ必要があるの?

私はちょうど掃除が終わってあの写真をベッドに座って眺めているところだった。ベッドにはオレンジ色のシーツがかかっている。家から持って来た物だ。

クローゼットも服でパンパン。あと少しでも小さかったら入らなかったかも。ベッドの下の引き出しも教科書やらノートやらのなんやかんやで埋まってしまった。


私は写真は机の引き出しに仕舞っておいた。ドアに鍵をかけてユラの後ろをついて行く。

もうこの時間は制服じゃない。学校と寮内は別の空間だから家で制服でいるのはおかしいよね。

今日はわりと暖かいから半袖に長ズボン裾を捲って履いてみた。



「あは……結構並んでた」

「うん……そうだね」



まだ20分前にも関わらず50人ぐらいがもうすでに並んでいた。私服だから先輩かどうかもわからない。

その列は階段にまで及んでいてもうちょっとで二階に届きそうだ。



「あのね……ちらっと聞いたんだけど」

「うん」

「デザートが先着20人なんだよね。しかもちゃんとお皿を空っぽにしたのを見せてからじゃないともらえないんだ」

「だから張り切ってるんだね」

「デザートは日替わりなんだって。早く食べてデザートもらうぞー」

「頑張れ」

「……ミクちゃんは欲がないなぁ」

「そもそも、定食なの、それともバイキング?情報が少ないから狙おうとも思わないな」

「……うーん。そこまで考えてなかったや」



バイキングでお皿が空っぽっていうのはおかしいと思うけど、不特定多数の人数分の定食を用意するのも難しい。

とにかく、情報不足。



食堂の食事はタダ。お金はかからない。でも時間指定があるからもたもたしていられないのだ。

私は比較的食べるのが早い方だから時間は大丈夫だと思う。でも量によるけど。



「うわっ。二階突破してる」




ふと上を見たユラが声を上げた。私もつられて見上げると、確かに列が二階を越している。一階は蛇行するように列がなっていて、それでもぎゅうぎゅうになっちゃったから階段まで列がなっていてその途中に私たちはいるのだ。

五階まで到達したら、どうやって並ぶんだろう。男子が女子の区域に入るのは無理だろうし。




「早めに並んで正解でしょ?」

「そうだね」

「朝も早めにしないとね。7時から開いてるから、その20分前でいいかな?」

「いいと思う」

「じゃあさ……もしあたしが起きられてなかったら起こしてくんない?なんとかしてさ」

「う……ん、わかった。なんとかして起こすよ」

「ありがとう!」



なんだかんだユラのペースに乗ってるけどこれでいいのかと疑問に思う。ユラはどんどん話を進めてしまうから、気を付けないとあれよあれよと流されそうだ。悪気はないんだろうけど。


その後は他愛のない話をして時間を潰した。



「あ、列が進んでる」

「ホントだ。デザート楽しみだなぁ」

「取れるといいね」



無事食堂に入ると、その広さと綺麗さに圧倒された。テーブルも椅子もたくさんあり、広さもじゅうぶんある。これなら全生徒入れるかもしれない。

食事はバイキング形式で、ご飯かパンか、味噌汁かスープか、は必ず選ぶようになっていて、あとはサラダバーやおかずはご自由にということらしい。

飲み物は牛乳やオレンジジュース、紅茶や珈琲と、種類が豊富だ。学食とは思えないほどのバラエティー豊かな献立。ついつい食べ過ぎてしまいそうだ。


私はパンとスープ。そしてオムレツとサラダとその他諸々を食器に乗せた。飲み物は紅茶。

席に座ってユラを待つ。彼女はまだどれにするか迷っているらしい。


ユラを眺めていると、私を探しているのかトレーを持ってきょろきょろとしだした。人も多くなってきてどこにいるのかわかっていないらしい。

こちらに向くタイミングを見計らって小さく手を振る。それでやっと気づいてくれて小走りに近づいて来た。私の目の前の席に座る。



「目移りしちゃって時間かかっちゃったよ」

「案外種類あったね」

「明日もオムレツあったら絶対食べる!今日はお預け」

「ははは、私はオムレツ食べるよ」

「ああっ!お皿にちゃっかり乗ってるじゃん。いいなー」

「明日食べなよ」

「ぐすん……あればいいけど。いただきまーす」

「いただきます」



手を合わせてから箸を持つ。まずは……オムレツ食べちゃえ。ユラの視線を感じつつ一口食べてみた。



「うん、美味しい」

「さらに食べたくなった!明日はオムレツ絶対食べるんだからねっ」

「はいはい。早く食べないといけないんでしょ?」

「わかってるよー」



それからは黙々と食べ進めた。ユラは目の前の食べ物にしか眼中にないみたいだし。

しばらくすると、隣に先輩らしき男子が二人近づいて来た。



「隣、いいかな?」

「あ、はい。どうぞ」

「ありがとう」



山盛りのご飯やサラダ、ポテトが気になるけど、敢えてそこは無視する。男子だから当たり前なんだろうけど、その量に驚いた。

二人は爽やか系の男子で、スポーツ万能そうな体格をしている。普段のユラならいっきにそわそわし出すんだろうけど、今はそれどころじゃないみたい。

……なんで急いでるのにそんな焼き魚なんて取るんだろ。骨が邪魔になるじゃん。



「君たち、1年生?」

「そうです」

「見知らぬ顔が混じってるなって思ったらやっぱりね。じゃあ今日は入学式だったんだ」

「はい」

「入学式かー。あれから俺たち2年経ったんだな」

「懐かしいな。でも全然覚えてねぇけど」

「俺も俺も。緊張してたしな」



と、そちらの世界に入ったみたいで話が弾んでいるようだった。制服がでかかったーとか、ネクタイに悪戦苦闘したなーとか。

あと、最初の方は教室がどこにあるか慣れてなくて遅刻ばっかりしてたなーとか。


……とてもとても他人事とは思えないんですけどその情報。そうだった、迷子になる可能性大だったんだ。

校内の地図も時間割りと一緒に配られるから、あとでよく確認しておかないといけないな。ユラは……たぶん聞いてないよねこの様子じゃ。



「今年は何人入るかね」

「さあ。生徒会の役員選抜の方法はわからんからなぁ」

「先生が選んでるとか、適正がある生徒が選ばれてるとかっていう話だけど」

「まあ、本当はどんなもんなのか見当もつかないね。裏じゃ何やってるか……」

「まっ、俺たちには関係ないことだ」



そんな会話が耳に入ってきた。なになに、生徒会?普通選挙とかで決まるんじゃないの?そうじゃなくて選ばれるって……

いったい誰がどんな基準で?というか、生徒会は何やるんだろ。あの言い方じゃ、裏で怪しいことをしてるみたいな言いぐさだったな。気になる。

でも、私にも関係ないか。そのうち忘れそうだな。



「はあ、ごちそうさまー。美味しかったなぁ。お腹いっぱいだよ」

「デザートは?」

「うーん……食べ過ぎて余裕がないな。別腹って言うけど、今回は無理」

「それは残念」

「君、デザート狙ってたの?」

「えっ?あ、はい……」



たった今気づいたのか、ユラはビクッと肩を揺らして隣の先輩を見た。でもその容姿に急に乙女の顔をする。

ははーん……ユラはイケメンに目がない、と。



「無理無理、はなから諦めた方がいいぞー」

「そうそう。男子が皆張り切ってて独占するから女子はなかなか手は出せないんだ」

「そ、そうなんですかぁ?これからずっと?」

「たぶん。誰かに頼むとかって方法はあるけど、ひとりひとつまでだから無理だと思うよ」

「ガーン……デザート食べたかった」

「ははは。残念だったね……ほら、今最後のひとつが終わったみたいだよ。これでも遅い方だね」



先輩が指差した方を見れば、デザートコーナーにいるおばちゃんがちょうど完売の札を立てているところだった。

どんなデザートだったのかもわからない。そもそもあんなところにデザートコーナーあったっけ?



「デザートコーナーありましたっけ」



ユラが代わりに私が疑問に思っていたことを質問してくれた。



「あそこは人の流れが収まってくると厨房から出て来るんだ。今日はね……ケーキだったかな」

「しかもチョコケーキだったぜ。新入生がいるから少し張り切ったみたいだな」

「チョコ!高級ですね」

「チョコは高いからね。滅多にこんなところじゃ食べられない代物だね」



チョコは高級なお菓子だ。カカオの採れる量は世界的に少ないから手に入りづらい。その分値段は高騰する。だからチョコは金持ちの食べるようなお菓子というイメージがある。

そんなチョコがあそこにあったなんて信じられない。



「食べられなくても見たかったなぁ……」

「憧れのお菓子だからね。また今度かな」

「えーっと……先輩方は何年生ですか?」

「3年生だよ。ほら、靴ひもが赤だろ?ここで判断するんだ」

「あっ、そうですね」



先輩は自分の靴を指差して教えてくれた。靴は指定で靴ひもも皆同じ。そうか、だから私たちは青だったんだな。



「んじゃ、俺たちはそろそろ行くわ。風呂が混んできちまうし」



靴ひもを教えてくれた先輩ではない、少しヤンキーな先輩が席を立った。

そうだね、と続けてもうひとりの先輩も立つ。



「君たちも急いだ方がいいよ。脱衣場が埋まってお風呂に入れなくなるかもしれないから。そうしたらシャワーだけになっちゃうよ」

「ええっ!ご忠告ありがとうございます!」

「どういたしましてー」



先輩たちは手をひらひらとさせながらトレーを持って食器渡し場に去って行った。

時計を見てみれば、かれこれ40分ぐらいここにいたことになる。お風呂場が開いているのは8時半まで。それまでに髪も乾かさないといけないのだ。



「あと1時間しかないじゃん!ミクちゃん急ごうよ」

「う、うん。いったん部屋に戻らないといけないし」

「あーそっか。4階までダッシュしないと。それに部屋遠いし……これは慣れるしかない!」

「1年間我慢しなくちゃいけないね」



4階と1階を往復するだけでいい運動になりそうだ。1年生は何かと不便らしい。慣れない時間制限との格闘に、新しい生活への不自由さ。

ここは取り敢えず、慣れるしかない。



「ほら!ミクちゃん早く!」

「はいはい」



ふと気がつけばユラが出口で待っていた。考え事をしていて私の動きがトロくなっていたらしい。慌てて食器を指定の場所に預ける。

そのとき、なるほどと思った。こうやってお風呂のために急いで食べてもらえば食堂の人の流れはスムーズだ。絶えず人が出入りできる。

朝は朝で遅刻への緊張感でまた人が次々と押し寄せる。しかし、そそくさと出ていく者もいる。


うーん、よく考えてるな学校側も。



「ほら!考え事してると転ぶよ?」

「ごめんごめん。大丈夫だよ」



私はユラのところまで急いだ。



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