Candy of Magic !! 【完】

海?



さてさて月日は流れ期末テストも無事に終わり、夏休みとなりました。本格的に猛暑や残暑が襲ってきて毎日ひいひい言いながら汗をかいているところであります。

そして今も、顎から伝って落ちた汗が一滴、釜の上でジュッと一瞬にして蒸発した。それを見て、ああ、私もすっかりガラス細工作りに慣れたな、と実感した。


一日一個作戦を決行してから数十日が経った。でも試行錯誤の毎日でなかなか上出来な作品が作れないでいる。しかもアラン先輩が、失敗してもある程度見栄えの良い物は残しておくように、と決めたから部室の中は作品で溢れかえっていた。

廊下にまで並べてある始末で、そのうち廊下をも埋め尽くして足の踏み場もなくなるのではないかと気が気ではない。

でも流石と言うべきか、アラン先輩の作品は別格でこれのどこが失敗なのかと疑いたくなる作品ばかり。聞けば重心が真ん中にない、とか、少しガラスがくすんでいる、とか。

それって見栄えは良い方だけど納得のいってない作品ってことなんだよね……

と、私の悩みなんてアラン先輩の悩みと比べたら、物凄く初歩的な悩みなんだなと打ちのめされた。

私が今悩んでいるのは、角の角度と鋭さ。ひげはなんとか自分の満足のいくまでできるようになったけど、角がなぜか腑に落ちない。なかなかこれと言った物ができないのだ。

しかも一日一個だから次の日まで作れない。そうやってピリピリとした焦燥を感じていると、アラン先輩がアドバイスしてくれた。



「それなら、一日二個でもいいんだぞ。焦らされるなら増やせばいい」

「なるほど……二個ならそこまで集中力に差は出ませんね」

「おまえの好きなようにやればいい」



と、頭をくしゃっと撫でられた。頭に被っていたタオルも一緒にくしゃくしゃになる。

手でタオルのしわを伸ばしてむむむ……と考える。そのうち二個が三個になって四個になって……とどんどんと増えていって、結局は気がすむまで作ることになりそうで怖い。そうなると一個ずつ作っていた意味がなくなりそうだ。

さて、どうしたものか。


ちらっとスバル君を盗み見た。彼は日に日に才能を開花させていて、難しそうな作品ばかりを仕上げている。

翼を強調させた鳥とか、流線型の滑らかなイルカとか。

売ったら高く値がつくような作品を彼は次々と生み出しているのだ。それが羨ましくて私も負けじと熱くなる。それが引き金となって焦燥を感じているのかもしれない、と今思い立った。それならそのままの勢いで作った方がいいかも。

私は一日一個はやめて、一日気がすむまで、に変更した。この選択が合ってるか間違ってるかはわからないけど、やるだけやってみなくては。


それから時間が経って、お昼になった。ふと気がつくと随分と時間が過ぎていたことに驚く。でもまだまだ気はすんでない。それにあともうひと踏ん張りで何かが掴めそうな気がする。

そんなわけで、身体は勝手に動いてまた作業を始め出した。お腹はすいてないしやる気しか感じない。

また黙々と作業をしていると、作品を作り終わったときに頬に何か冷たいものを当てられてひゃっ!と飛び上がりそうになった。

慌てて顔を避けると目の前をジュースの缶がちらついた。上を見上げると今度はおでこに当てられる。冷たくて気持ちいい。



「おまえ頑張りすぎだ。何も飲んでないし食ってないだろ」



アラン先輩は眉間にしわを寄せて言ってきた。その顔をぼーっとしながら見つめる。そう言われて見れば作業を始めてから何も口にしていない。



「まずこれ飲め。目の焦点が合ってない。脱水症状でぶっ倒れる」



先輩は早口にまくし立てると、缶のプルトップをプシュッと開けて私に渡してくれた。それを受け取ってゴクゴクと飲み干す。

プハーと思わず声をもらしていた。オレンジの味が身体を流れていく。



「ありがとうございました。生き返った気分です」

「俺は枯れかけた花に水をやった気分だ。気を付けろよ?」

「はい」

「せんぱーい、僕の分はないんですか?」

「僕の分も?」



私が返事すると、ナイ先輩とスバル君がだらりと椅子に背中を預けながら目を輝かせてこっちを見ていた。その額には汗がうっすらと浮き出ている。

ほらよ、とアラン先輩は2人に缶を投げてよこした。あわわわ……と慌てて身体を起こしてキャッチする。それを見て私はクスクスと笑ってしまった。

でも、意外なものを見て驚いた。



「スバル君ってコーヒー飲めるの?」

「失礼なっ。これでも僕は飲めるんだ!」

「……ナイ先輩、僕の代弁しなくていいです」

「先入観に捕らわれるんじゃない!童顔だからって侮るべからず。ブラックだって飲めるんだぞ!」

「ブラックはさすがに飲めません……」

「ほれ見たことか!……ってあれ、飲めないの?」

「当たり前です!あんなの鼻の奥に苦味がつーんときて飲めません!」

「僕はバリバリ甘とぅわっ!先輩酷い!」

「ハハハハッ……!」



ナイ先輩が喋りながらプルトップを開けた瞬間、ブシュッと吹き出た中身。中身は炭酸だったらしく、シュワシュワとした液体がナイ先輩の顔目掛けていっきにかかった。

それを見てアラン先輩は爆笑。眼鏡を外してまで笑っている。恐らく缶をここに来るまでに振っておいたのだろう。そのせいで中身が飛び出したのだ。

もったいないーと言いながらもナイ先輩は笑いながら炭酸をごくごくと飲んでいる。スバル君は炭酸ではないけど恐る恐るプルトップを開けていた。さすがにコーヒーは吹き出ないでしょ。

でも、アラン先輩がこんな悪戯をするとは思ってなかった。まったく掴めない人だ。



「そう言えば、なんで炭酸は振るとブシュッと飛び出るんですかね」



スバル君はコーヒーを飲みながら不思議そうに呟いた。確かに言われてみればそうだ。振るとたいへんなことになるのは知ってるけど、そもそもの要因を知らない。

一度気になってしまったら気になるもので、答えが知りたくなった。



「それはだな、液体の中に二酸化炭素が飽和状態で収まっている。だがそれは無理やり収まるように押し込んだから不安定な状態なんだ。安静にしておけば吹き出ないが、振ったり落としたりするとその衝撃が不安定な状態を壊す。均衡が崩れたため今までギリギリ保っていた不安定さは増幅されて、開けた瞬間さっきみたいになる」

「じゃあなんで炭酸を飲んだ後ゲップをすると鼻につーんとゲプ……くーっ来たー!」

「知るかそんなこと。タク先輩にでも聞け」

「鼻が痛い……」



鼻を摘まんでぎゅっと目を瞑っているナイ先輩を見て、アラン先輩は呆れ顔をしていた。そして自分の持っている缶の液体を飲む。喉仏が上下に動いていて思わず見とれてしまったけど、慌てて前を向いた。

この先輩のフェロモンは半端ない。意識しない人でも影響されるなんてかなり強力だ。



「あ、ヘレナ先輩とアン先輩はどうしたんですか?最初からいませんでしたよね」

「ああ……買い物に行くとか言って外出しているぞ」

「買い物……?でも今日出店来てませんよね」

「校内から出て街に行き買い物をするんだとさ。長期休暇中は許可をもらえば外出可能だ。遠出するなら教師が同行しなければ許可は下りないが」

「知らなかった……」

「これでひとつ賢くなったね。でも適当な理由じゃないと出させてもらえないよ。例えばデートしたいから知り合いのいないところでやりたい、とかね。それに皆部活があるからあんまり外出しないし」

「私も特に予定はないので、関係ありませんね。デートすることもないし遠出をする予定もありません」

「デートはわからないよ?ミクちゃん可愛いからこれから美人になるよー」

「そんなことありませんよ!こんな私を好きになる人なんていませんって」

「意外と近くにいたりして」

「誰もいません!」



私は慌てて首を振る。そんな様子の私を見かねてか、ナイ先輩がアラン先輩に目配せしたけど、ほんの一瞬だったから私は気づかなかった。それは、俯いて顔が紅くなっているのを隠したから。

ナイ先輩に、近くにいたりして、と言われて正直動揺した。実は思い立った顔があったから。

でも、2人の顔が同時に思い浮かんで戸惑った。なんでどっちも出てくるんだろ。今はきっと目が泳いでるはず、そんな顔絶対に本人には見せられない。



「そう?残念だなあ。放って置かない人はたくさんいるよ?」

「い、いませんいません」

「もったいないなー。どうして自分を卑下しちゃうの?大胆になればいいのに」

「大胆……」

「いきなり性格変えろと言われても無理な話だ」

「そうですかね」

「あら、大胆になれる方法はいくらでもあるわよー?」

「あ、アン先輩ヘレナ先輩おかえりなさい」

「たっだいまー!いやー暑かったわ。ここも負けず劣らず暑いわね」



アン先輩はそう言うと買い物袋を机にドサッと置いた。ヘレナ先輩もちょこんと隣に置く。

何を買ったのだろうと首を傾げていたけど、アン先輩が私の視線に気づいたのか中身を教えてくれた。



「買ったのは服よ服。街に出るとオシャレな服がたくさんあって助かるわ」

「アン先輩片っ端から欲しい物を買うのでびっくりしました」

「このときのためにお金は貯めてるからね。出店じゃ少し高いし種類も限られてるからさー」

「そ、そうなんですか?知りませんでした……」

「あら、先輩に聞いてくれれば虎の巻ぐらい教えてあげるわよ」



アン先輩はふふん、と鼻高々に胸を張った。その様子を見てヘレナ先輩がクスクスと笑っている。

そして、アン先輩は今思い立ったのかあっ、という顔をして、ちょっと聞いてくれない?と言った。



「皆で海行かない?」

「「海?」」



はて、海なんて近くにあったっけ、とスバル君と顔を見合わせる。そんな私たちにまたアン先輩はニヤリと口角を上げた。



「夏と言えば海が謳(うた)い文句でしょ。生徒会メンバーと毎年海に行ってるのよあたしたちは。まあそれはアランがいるからなんだけどね」

「生徒会ならタク先生もついてきてくれるから、遠出もオッケーなんだ。気づいてると思うけど海はここらへんにないから少し距離はあるけど」



ナイ先輩がそう付け足してくれた。なるほど、生徒会メンバーといつも行っているのか。それならヤト君たちも来るってことだよね。部活は平気なのだろうか。



「ソラ先輩やルル先輩も部活ありますよね?日にちが取れるんですか?」

「もっちろんそこはずる休みしてもらうのよ。帰って来たらいつもからかわれるみたいだけど」

「ずる休みですか……」

「焼けたバスケ部……」

「中の部活なのに黒いと変に目立つわよねー」



アン先輩は能天気にアハハと笑ってるけど、本人たちからすれば冗談じゃない!ってなるんだろうな。


海か……見たことはあるけど入ったことはないな。それに……

泳げないんですけど。だいいち水着もってないし。



「ミクちゃんとスバル君は水着もってないでしょ?」

「はい」

「そこで、今日はチサトちゃんと水着を選んで買ってきてあげたわよ」

「えっ!僕の分もですか?」

「そうよー。チサトちゃんが選んだからセンスはお墨付き」

「……」



確かにアン先輩が選んだら派手な水着を選んで来そう。真っピンクとか、真っ赤とか柄が大きいのとか。



「でも、奢ってもらってなんだか申し訳ないです」

「いいのよミクちゃん。あたしたちが勝手に買ってきただけだし、それに誕生日プレゼントだと思って」

「「誕生日?」」



アラン先輩とナイ先輩が声を揃えて言った。ヘレナ先輩がアン先輩の隣でうんうん、と頷いている。



「体育祭の日が誕生日だったのよね。合ってる?」

「はい。てっきり誰も覚えてないと思ってました」

「そんなわけないでしょー。女子は誕生日に敏感なんだから。なにかと騒げるしね」



< 64 / 132 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop