Candy of Magic !! 【完】
「───というわけです」
「なーるほど。だから僕たちが知ると溜めておいたお菓子が減っていくから知られたくなかったと」
「その通りですけど……食べ過ぎないでくださいね!減ってきたら補充してください」
「それは無理なお願いだね。僕たちは甘党じゃないし、それにチサトちゃんのために補充する心の広い男じゃないんだ」
「……」
「でも、勝手に食べたりしないからさ、僕たちも食べていい?もちろんルルちゃんもね。生徒会の物なんだからさ」
「……わかりました。その代わり、ちゃんと一言言ってください!」
「皆、オッケーもらったよー!」
「わーい!チサトちゃんありがとー!」
「ル、ルル?!」
「ごめーん。盗み聞きしちゃった!」
てへっ、と舌を出したルル先輩。ソラ先輩が控えていた面々に告げるとどこから現れたのかルル先輩が飛んできたのだ。
もちろんドアからなんだろうけど、音もなく入ってきたから驚いた。
私は思わず声をかける。
「先輩、部活は?」
「今は休憩中だよ~。ねえ!あたしにもアイスちょーだい」
「わかったわ。好きなの取りなさい」
「やったね!」
チサト先輩はルル先輩のはしゃぎように苦笑しているけど、2つも3つも取るもんだからルル先輩の手をパシッと叩いてひとつだけ、と念を押した。
ルル先輩はぶーぶーと文句を言っていたけど、悩み抜いた末、モナカアイスを選んだ。
私はアイスキャンディーにした。本当は私もモナカアイスが良かったけど、ひとつしかなかったから諦めた。
皆でアイスやらお菓子やらを食べていると、ドアのところでじとっとこっちを見ているタク先生を発見した。
アラン先輩も気づいたのか溜め息を吐いた。
「先輩も食べますか」
「良いの?!」
「わっ、先生いつからいたんですかそんなところに」
「ついさっきだよ、リト。海の計画ができたから教えに来たんだ」
わーい海だーとルル先輩が喜んでいるけど、ヤト君は何の話なのか全くわかっていないようだった。
眉間にしわを寄せている彼に近づいて今度は私が教えてあげる。
「毎年生徒会メンバーとガラス細工愛好会で海に行ってるんだってさ」
「……ああ、アラン先輩繋がりか」
「そうそう」
「部活はどうなるんだ?」
「ずる休みだって。でも顧問の先生たちには許可取ってあるから平気だよ」
「ふーん」
それっきりヤト君は興味を失ったように窓の外を見ていた。サッカー部が練習試合をしているのが見える。
海、行きたくないのかな?
「今回の旅は海行って泳いで花火やって帰って来ることにした。泊まるにはいろいろ手続きが必要になるから止めた」
「花火……ということはかなり遅くまで向こうにいることになるんすね」
「夏は日没遅いからなあ。だが心配するな。貸し切りタクシーだから」
「貸し切りタクシー?そんなことできるんですか?」
貸し切りタクシーとは、体育祭のときに使った船の有料版。船頭が運転手でどこまでも運んでくれるのだ。
ちなみに学校は授業料とかは一切かかっていない。全て卒業生の働きの一部で賄われていて、寮も教科書も食事もタダ。だから頭のいい学校は就職率も高くてお金もがっぽり。だからエネ校はお金持ちの最高峰とも言えるんだ。
でも、どの学校に行くかの選択肢は私たち子供にはない。どうやって振り分けられているのかは誰にもわからないのだ。その仕組みを知ったが最後……この世からいなくなってしまうかもね。
「できるよ貸し切り。いつもは歩いて行ってたんだけど、それじゃ少し遠いし疲れるしあまり遅くまでいられないから不便だったんだ。でも卒業生にタクシーの運転手になったやつがいたから、無料で貸し切りできない?って連絡取ったら、喜んで、って言われた。時間は指定したから日没後の二時間後ぐらいに迎えに来ることになってる」
「それならちょうどいいかもしれませんね」
「海か、一年ぶりだ」
「ビーチバレーやろうよビーチバレー」
「ルル先輩、ビーチバレーって何ですか?」
「体育祭でバレーやったじゃん?それの砂浜版。けっこう難しいよー」
「裸足だから足元を取られるしね。チサトちゃんなんか転んでばかりで全然でき「お菓子没収ー」
「ああ!僕のクッキー返せ」
「人を貶すことは許されない罪ですから」
それぞれで盛り上がっていていかに楽しみにしているかがひしひしと伝わる。
でも、ヤト君は心ここに在らずみたいな感じでぼーっとしていた。窓の外を見ているようで見ていない。
試しに声をかける。
「どうしたの?」
「……いや、海なんて行ったことねーなーって思ってた。それに見たこともねーし」
「見たことないの?」
「まあな。話でしか聞いたことない。変か?」
「変?」
「俺は皆が知っているようなことはだいたい知っているつもりでいるんだが……海は見たことないし、花火も知らない」
……そうか、ヤト君はずっと孤児院にいたんだよね。自由はあってもそれは中でだけの話。院で働いている人だって暇じゃないから、子供たちと一緒に遠くに行ってみようとは思っていてもそれを実現させることは難しいだろう。
海でさえも、花火でさえも、それは言葉と想像に任せるしか、ヤト君にはできなかったんだ。でも、それが実現するというのになぜ彼はこんなにも寂しそうなのだろうか。
なぜこんなにも、さめているのだろうか。
「全然変じゃないよ?」
私が何を考えるでもなくそう答えると、ヤト君は驚いたようにわたしを見た。
少し青みがかった瞳が私を見据える。
「私だって海は見たことあるけど行ったことないし、花火も一回しかやったことないし、大勢で遊んだこともないし、第一泳げないし……全然変じゃないよ、ヤト君。むしろ羨ましいよ」
「……羨ましい?」
「うん。知らないことがたくさんあるなんて羨ましいよ。知らないことがあればあるほど驚きがあって、感動があって……よくお父さんが言ってたんだ。
子供が羨ましい。大人は当たり前なことが多くなって、どんなに小さなことでも驚ける子供の頃の聡明さがなくなるって。
ね?私たちはまだ子供なんだから知らないことがあって当たり前なんだよ。子供なのになんでも知ってたら怖いって」
あはは、と笑ってみせる。そうだよ、なんでも知ってたら学校なんて必要ないし、先生もいなくなるし教科書なんてものも無くなる。
それじゃつまらないよね。そしたらどこまでが子供でどこからが大人なのかわかんなくなるし。下手すれば大人が子供から学んでいるかもしれない。
とにかく、知らないことは間違ったことじゃないんだ。
ヤト君はしばらく私をしげしげと見ていたけど、ふと微笑んだ。そして私のおでこをでこぴんする。
「いった!酷いよヤト君……」
「おまえのくせに生意気なこと言うからだ。それに無意識にカミングアウトしやがって……」
「え、な、なんか言ったっけ」
「泳げないんだろ?」
「はっ……」
「俺が教えてやるよ。泳ぎ方」
ヤト君は不敵な笑みを向けておもしろそうに笑った。
でも彼は、その代わり、と前置きをした。
「俺に、俺の知らないことを教えてくれよ」
「ヤト君の知らないこと?そんなのわかんないよ」
「違う。難しく考えなくていい。俺に、海の中に広がっている世界とか、花火の種類とかその色を教えてほしいんだ。
とにかく、予習がしたい」
「私だって実際に海に潜ったことないからわかんないけど……」
「それなら、一緒に知ろうぜ。まだ知らないことを見て、理解して、知識として、思い出として、身につけよう」
ヤト君は私の肩を叩くと先輩たちの輪に入って行った。
ふと、その後ろ姿を見て思う。
ヤト君は私たちが思っているのよりも、自分よりも他人を大事にするんじゃないかって。
最初はつんけんどんな態度でクラスの人たちから避けられていたけど、一度その心を知れば皆惹き寄せられて、いつの間にか彼が真ん中にいた。
でも全然違和感はなくて、むしろそこが彼のいるべき場所とでもいうようにぴたりとはまっている。
なぜか、それは彼が心配りのできる人だから。いつも思いやりをもって接しているから。
でも、彼はそれが不器用になってしまって、一回だけじゃなかなか理解されないにくいんだ。何回も何回も接して、やっと本当の彼に気づく。
そして、いったん理解してしまえば、彼の良さを思い知るんだ。