Candy of Magic !! 【完】

ミクの秘密




そして、ジャンヌはその『治癒』の魔法も使えた。彼女はそれを誰にも知らさないでおいた。狙われたり誘拐されたりしたら堪ったもんじゃなかったしな。それに、紫姫の末裔であることも隠していたから、かなり精神的に窮屈な生活をしていたに違いない。

ジャンヌは自分のことを全て隠して、カインと添い遂げた。俺もジャンヌの両親のことや親族のことは何一つ知らない。スリザーク家はあくまで保険だ。万が一娘に何かあれば……ということで話せるところまで話してくれただけだそうだ。

そして、ミクとジャンヌ、『治癒』の力、さらにマナと紫姫の指輪……

ミクの周りを取り囲むそれらは全て、この世界を救う鍵となる。


すなわち、こうだ。

紫姫の正統な末裔であるジャンヌの娘、ミク。ミクは長女だから紫姫の何かしらの影響を受けているらしい。ジャンヌ自身、その影響で魔法が強大すぎたり『治癒』の力が残っていたりと困ることが多かったそうだ。いつ末裔だとバレるか眠れない日もあったらしい。

そのミクは、『治癒』の魔法のみ使える。しかも、強大な力の……だからミクはジャンヌから産まれてくるとき、身体の弱いジャンヌを知らずの内に『治癒』しながら産まれてきたそうだ。つまり、身体の弱かったジャンヌには二度目の出産は命取りで、もしかしたら死んでしまうかもしれないと宣告されていたらしい。それでもジャンヌは産むことを決意したが、初産とは比べものにならないほどあっさりとミクを産むことができて驚いたのだそうだ。

そして、勘のいいジャンヌはすぐに思い当たった。愛娘は『治癒』の力が使えると。

幸い、シュヴァリート家の証である銀髪蒼眼ではなかったが、決定的な証がミクの身体には刻まれていた。それは、『龍の刻印』。

『龍の刻印』とは、星のような形をしたほくろのことだ。それはシュヴァリート家に古くから伝わっていた。ジャンヌはその存在を知っていて、しかもそれを愛娘の身体から見つけてしまった。これほどのショックはなかっただろう。ここまできて娘が先祖帰りを強く受け継いでいるのが発覚してしまったのだからな。

ジャンヌは強いショックを受けたとともに、ある決意をした。


これ以上強くなって危険性が出てしまう前に、ミクの力を封じよう、と。


紫姫には不思議な力を持つ者が多く、ジャンヌもまた、少し先祖帰りをした能力を持っていた。それは、力……魔法を抑制、無力化させることのできる力。その力のおかげでカインの暴走を止められたし、重症を負っていたカインの身体を持ちこたえさせることができたのだ。まあ、それがきっかけでスリザーク家に暴露する羽目になったとも言える。

その封印は見事成功したが、封印の依り代としたものがまたまずかった。

それは、マナ。ミクのマナであった龍に封印を施した。しかし、マナは膨大な力を封じられたまま眠りにつき今もどこかで眠っているが、封印にも限界がある。その限界に到達したとき、膨大な力を解き放ちながら龍は眠りから覚める。でもそのエネルギーは凄まじく、地震や噴火などの大きな天災を引き起こしてしまう恐れがあるのだ。しかも、それはミクが自ら封印を解いたとき、龍も目覚めてしまえば同じ結果となる。


禍である龍の目覚めが先か、ミクの封印が解けるのが先か。


後者になることを畏怖したジャンヌは、スリザーク家に折り入って頼み込んだ。もしものときは、ミクをよろしく頼む、と。ジャンヌは余命が残り僅かであることを悟ってスリザーク家に頭を下げたのだ。

スリザーク家は当初本気にはしていなかったが、色々と文献を漁り紫姫について調べていくうちだんだんと、相手にしないでもいられないのかもしれない、と考え始めた。それは、紫姫の力の強さ、世界への影響……それら全てが桁外れに恐ろしいことをこの世界にもたらした、という事実。

ジャンヌが頼み込んだのは、ミクが産まれてまもなくしての時だった。その周到さにも感化され、ジャンヌの申し出をスリザーク家は受けた。


しかし、どうしても管轄内に止めて置けない時期があった。それは学校に通っている時期。紫姫の末裔であることは秘密であるため、無闇に色々と申し立ててしまえば疑われてしまう。だから学校側に協力を要請することは不可能だった。

そこで、だ。同い年である俺が抜擢された。

幸い、スリザーク家に恩があった聖ナヴィア魔法学園の校長は、卒業生である兄貴が教師として、その義理の弟である俺が生徒として入ることを承諾してくれた。さらに、ミクも遠い親戚だと偽って生徒として迎え入れることも許してもらえた。

そう、全てはスリザーク家が裏で操っていたのだ。このときばかりはこうするしか他なかった。

そして、俺がミクと接触し、『治癒』の力が解放される兆候や衝動を常に監視する役目を担った。兄貴が作ったあの飴にはもちろん精神安定剤のような役割があったが、それはミクのために作られたも同然。リト先輩には悪いが、効果を確かめるべく試しに舐めてもらった。

その効果は絶大で、これなら魔法の能力が開花するのを少しでも抑えられることが証明された。というよりも、いきなり暴走することを回避することが判明したと言える。リト先輩のときも、今まで使えなかった魔法をいきなり使ったときは何も被害はなかった。


この飴を与えれば、封印を少しでも遅くすることができる。または、龍が目覚めてしまったときも魔法の力がいきなり開花し、ミクが暴走することを防ぐことができる。


それは確証され、早速実行に移された。あの飴はただの魔法ではないということがこれで理解できただろう。

しかし、それはミクをどうこうできる、ということしかできない。龍の目覚めは誰にも予知できないし、遅くさせることも早めさせることも不可能だ。そのことがこの封印での欠点といえる。龍の目覚めの兆候は恐らく誰にもわからない。


その目覚めが早まっている、と要はヴィーナスは言っているのだ。


これまでの事を先輩に説明すると、無表情のまま瞳の光を暗くさせた。



「ミクは、ただの人間ではなかったのか……」

「はい。黙っていてすみませんでした。でも……だから言ったでしょう、俺は産まれてからずっとだと」

「……」

「さて、チビが時間を潰してくれたおかげで退屈せずに着いたぞ。ここからは貴様らにも協力してもらう。紫姫の指輪を探してこい」



ヴィーナスが『島』の内部に侵入すると、俺たちを別々の気泡に分けられた。

暗い先輩のことが気になるが、俺は気づかないふりをする。



「紫姫の指輪があれば、万が一の場合龍の暴走を止められる。指輪自体にも力が込められているし、それでこやつの暴走も少しは抑えられるだろうし、膨大な力のコントロールにも役立つだろう。保険はいくらあっても足りん。では、頼んだぞ。ちなみにその気泡は貴様らの思考に従って動くようになっている」



気泡は淡い光を放ちながらふわふわと動き出した。俺は暗い『島』の細長い廊下みたいなところをスイスイと進む。

紫姫の指輪の所在は確認されていない。『島』と一緒にどこかへ転送されたと予想は立てられていた。指輪は光線の鍵に使用された後、消えたり無くなったりはしない。だが、紫姫の手元にまた何年かの後、必ず戻って来ることは解明されている。

でもその紫姫が消滅した今、この『島』のどこかにあるのは必須だ。紫姫はいなくなったのだから。


最後に使われたのは、紫姫の叔母が紫姫から奪って、魔物の巣窟であった『穴』に光線を放ったとき。それ以降に使われることはあり得ない。

だから、この『島』のどこかにあるはずなんだ。


俺は隅々に目を光らせながら水中を進む。何で作られているのか、ゴツゴツと固そうな灰色の壁に沿ってきょろきょろとする。

見落としがあっては洒落にならない。


『島』の中には案外部屋が多く、それのひとつひとつに入って調べなければならない。ベッドらしきもの、テーブル、椅子、窓……かつて、ここには紫族が住んでいたらしい。ここでひっそりとその血を途絶えないように自給自足をしていたそうだ。

それだけでもゾッとする。密かに子供が産まれて、異世界へと父親の命と引き換えに転送する。

それが何年も何年も繰り返されていたのだ。しかも特別な力を持つ者がいたのだ。

いくら知らなかったとはいえ、その奇妙さは異様だ。そんな集団が昔に生きていて、もしかしたら最悪の場合俺たちは今ここにはいなかったかもしれない。

ふざけんじゃねー!と叫びたくなる。



『見つけたぞ。今こちらに誘導させる』



そのとき、頭の中にヴィーナスの声が響いて来た。それと同時に気泡も動き出す。おまえが見つけたんなら俺たちいらなくないか?

しかし、気泡はどんどんと深いところに沈んでいく。そしてそのうち周りは真っ暗闇となってしまった。水深が低いから寒く感じる……どんだけ深いところまで行かねーといけないんだ?


もはや気泡の光の先にも何も見えなくなった。壁も床も何も見えない。広いところにでも出たのか?

と思っていたら、気泡の動きが止まって、下から砂が舞い上がり床が露になった。どうやら最下層に到達したらしい。

周りを見渡すと、少し先にヴィーナスが収まっている気泡が目に入った。そこに近寄りその気泡と合わさる。



「来たか」

「どこにあるんだ?」

「そこだ」



ヴィーナスが指差した先には……横たわっている人間の骸骨?!俺は思わず叫んだ。



「うわっ!なんだよこれ!」

「恐らく、紫姫の叔母だろうな。見ろ、右手の下に指輪がある」



よくよく目を凝らして見れば、キラリと光る小さな黄金のリング。紫色の宝石が埋め込まれている。

眺めていると、先輩も無事合流した。



「先輩、あそこです」

「……骸骨?」

「紫姫の叔母だそうです。右手の下に指輪があるのが見えますか?」

「ああ……あれか」

「取るぞ」



ヴィーナスはふわりと指輪を浮かせ、指の間を器用に通らせてその手に握った。



「これが、紫姫の指輪か……なんの変鉄もない指輪だな」

「侮るなよ。これには何代もの紫姫の力が込められている。微量だが、ずっと蓄積させてきたのだ」

「なんのために?」

「知るか。もうここに用はない。戻るぞ」



ヴィーナスは気泡を上昇させた。ぽつんと残される紫姫の叔母。

その姿に何も言えず、俺は視線をそらした。自分の命と引き換えに、姉の娘と世界の未来を救った偉人。でも、その記録はあまり残されていない。

それではあんまりだ、と俺は歯を食い縛った。『本物』の紫姫は、もしかしたら彼女なのかもしれない。



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