Candy of Magic !! 【完】




「うう~ん……」



私は伸びをして起き上がった。でも、違和感を感じた。



「えっ……?」



確か、孤島にいたはず。でもここは寮の自分の部屋で、自分自身はベッドに横たわっていた。中に着ているプレゼントの水着はそのままだけど、洋服は変わってるし。

ぽかーんと部屋の中を見回していると、トントンとノックされた。恐る恐るはい、と返事をする。



「ミクちゃん、起きた?」

「アン先輩!あの、どうなってるんですか?海にいたはずですよね?」

「その話は後でじっくりと話し合うことにして、まずは食べて。丸々一日寝ていたんだから」

「そんなに……!」



あの夢はほんの一瞬で、少し意識が遠退いた後目を覚ました私。

あれっぽっちだったのに、そんなに時間が経ってたなんて!


アン先輩は持っていたトレーごと私に渡した。私は胡座をかいてその上に乗せる。

トレーには雑炊が乗っていた。黄色い玉子と野菜がゆらゆらと揺れている。スプーンで一口掬って食べた。



「美味しい……」

「そりゃ良かった。ゆっくりでいいわよ?皆は首を長くして生徒会室で待ってるけどね」

「はい……」



身体が養分を欲しているのか、食べるスピードが上がる。ズズズ……とお椀を持ち上げて啜って、最後の一滴まで飲み干した。コトンとトレーに戻す。



「ごちそうさまでした」

「いい食べっぷりね。安心したわ」

「お腹が空いてたみたいで……」

「無人島に漂着しちゃって大変だったんでしょ?アランから大体の話は聞いたわ。さっ、行きましょ。でもまず着替えてからね」

「はい」



アン先輩が気を使って廊下に出た後、パッパと水着から着替えた。

部屋から出てアン先輩の後ろについて歩く。スープを食べて歩いたせいか、だんだんと身体が熱くなってきた。汗が若干浮き出てくる。せっかく着替えたのに……


襟の近くをパタパタとさせながら歩いていると、生徒会室にたどり着いた。アン先輩がドアを開けると、海に行ったメンバーが勢揃いしていた。



「ミクちゃん良かった~!心配したよ!」

「ルル先輩……ご迷惑をおかけしました」

「まったくだわ!でも私も私よ!なんであのとき止めなかったのかしら」

「チサト先輩のせいじゃないですよ」



憤っているチサト先輩を宥める。自分のせいにしないでくださいね。確かに流木にした方がいいって先輩が勧めてくれたけど、落ちたのは私の責任ですよ。

どうどうと怒りを押さえていると、先生が頭をいきなり下げた。



「すまん!こればっかりは俺の監督不行き届きだ!本当に申し訳ない!」

「頭を上げてください!先生のせいじゃないです!悪いのは私ですから……勝手に海に落っこちただけです」

「ミク……」

「さて、この問題はこれでお仕舞いにしましょう先輩。いつまでも後悔していては後味がいつまでも残りますよ」

「アラン……アランもヤトも申し訳ない!こんな俺を許してくれ!」

「許すもなにも、怒ってませんよ先生。むしろ、真夜中にも関わらずタクシーをすっ飛ばして迅速に対応してくれて助かりました」

「そうですよ!先生ったら顔真っ青にして運転手に無茶ぶりするんですもん。あの人だって自分の体力削ってるから、行きたいけど行き先が決まってないから動けないって悲鳴をあげてましたね」



ヘレナ先輩が思い出したように付け足した。ヤト君は恥ずかしい……と額に手を当てている。大人げなく冷静さを兄が失っていたのだから無理もない。

先生は照れ臭そうに笑った。



「生徒を守るのが教師の務めだからね……しかも部活サボってまで来てもらってるから申し訳なくってさ……それにあのまま見つからなかったらって思うと寒気がする」

「俺がマナを飛ばしたからそれは平気でしたよ」

「いやー、アランの犬が来たときは驚いたけど、生きてることがわかってほっとしたよ」

「勝手に殺さないでくださいよ」

「ははは……そうだね」



和やかなムードになったところで、皆には解散してもらうことにした。これ以上引き留めておくのは部活に支障を来たしちゃうし。

先生とガラス細工愛好会のメンバーだけが残った。アン先輩が愚痴る。



「あー……それにしても焼けたわ。お風呂が滲みる」

「はい。腕の皮が剥けてきました」

「女子は日焼け止めとか塗ってるんすけどね。似合わず敏感肌とか?」

「ちょっと、それどういう意味よ!」

「そのまんまですけど」

「ナイ~!」

「イテテテ……」



頬をつねられて手で覆うナイ先輩。いつもの雰囲気に徐々に馴染めてきて安心する。

良かった。なんだか自分はあんな体験をしてるから普通の人間じゃないかと思った。



「学園祭はどうなっているんだ?」

「毎年展示をやっていましたが、今年はもう店仕舞いの準備をするべく、展示だけでなく気に入ってもらえたら現品を引き取ってもいいことにしました。作品が学校に残っていても仕方ないですから」

「そうか、アランがいなくなるからな……寂しくなるなあ。早く戻って来てくれよ」

「わかってますよ」



アラン先輩は苦笑しながら先生に言った。そのことは百も承知だと言いたいのだろう。

先生もそのことに気づいて笑った。



「そんなの当たり前か……先生になるにもそんなに難しいことは要求されないからすぐに成れると思うぞ」

「そうですかね」

「そうだとも。さあ、君らも部活に専念すれば?学園祭まで二週間切ってるし、夏休みもあと三日ぐらいだろ」

「ヤバっ!まだ全然できてない!それに課題も終わってない!」

「あんたの完成を見てみたいわね……全部作ってるの違うじゃないの」

「同じようなのをたくさん作るよりは、色々なものを作った方がよくないですか?同じのばっかりだとつまらないし、見栄えもよくありませんよ」

「……否定はしないわ」



廊下にまで溢れている作品を一度見てみれば、見栄えの悪さは窺える。私の龍がぎっしりと林立していて、違いがなさすぎてつまらない。一般の人にはすべて同じに見える場合はあるだろうけど、作った側からすればすべて違って見える。

なんてったって、手作りだもんね。



「ナイ、課題を優先させろ。放課後に呼び出されたらさらに時間を削られる」

「とほほ……はーい、では行ってきます!」



ナイ先輩はダッシュで生徒会室から出て行った。風が起こって埃が少し舞う。

……掃除したばっかなのに埃が舞うなんて。



「あたしも課題やらなきゃ」

「アン先輩もですか?実は私もなんです」

「僕もなんだか不安になってきたので最終チェックをしてきます!」

「部活、今日は二人でやってよ。たぶん皆戻って来ないから」



アン先輩はそう言い残すと先生も従えて出て行ってしまった。アラン先輩とぽつんと残る。



「ミクは体調平気なのか?」

「まあ、寝てただけですからね」

「……そうか。なら、俺たちも行くか」

「はい。その前にトイレに行ってきます」



ずっと寝ていたからか、急に衝動に駆られてトイレに急いだ。雑炊を食べて胃腸が活発になってきたのかもしれない。

部室に戻ると、先輩からスポーツドリンクを受け取った。



「いいんですか?」

「病み上がりってわけじゃないが、飲むんだったらそれが最適だろうと思ったんだ」

「さすが先輩。めちゃくちゃ喉渇いてました」



水分を目の前に感じた喉の渇き。人って見てしまうと、今まで忘れていたこととか気づいてなかったこととかに気づくから不思議だ。


ゴクゴクとスポーツドリンクを飲んで水分と塩分を補給する。先輩は頭にタオルを被って定位置に座った。窓全開だけど暑さは手加減することを知らない。

セミはやかましく鳴いてるし、運動部の掛け声がいつにも増して響いてるし、釜の中で炭火が弾ける音も聞こえるし……人がいないと静かだなあ。

風鈴でも欲しいな……と思い当たった私は、釜の前に座って思案した。今まではバーナーみたいにして使ってた釜だけど、風鈴だったら上を開けないで前の蓋を開けた方が良さそうだ。

と、色々と考えて実行に移せずにいると、アラン先輩がいつの間にか隣に来ていた。



「どうした?」



タオルで汗を拭きながら先輩に聞かれ、慌てて答える。



「風鈴、作りたいなと思いまして。部屋にでも部室にでも吊るしておこうかと……」

「いいんじゃないか?季節的にも丁度いいし。どれ、作り方教えてやろうか?」

「お願いします」



先輩に席を譲ってその工程を眺める。金属製の棒をストロー状の棒に変え、そこに溶かしたガラスを巻き付ける。

そして、フーッと息を吹き入れながらクルクルと回すと……あっという間にできてしまった。後は割らないように放置してから模様を描くそうだ。

これなら私にもできそう。



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