Candy of Magic !! 【完】





取り敢えず、学園祭一日目が終わった。明日は晴れてメイド姿から解放される!思いっきり食べまくるぞ!ユラとも校内回りたいし。

ワクワクとしながら部室で寮に帰る支度をしていると、アラン先輩が私を呼んだ。どうやらお父さんが廊下で待っているらしい。どうしたんだろうと荷物を持って廊下に出ると、お父さんは窓から夕陽を眺めているところだった。私に気づいて笑いかける。



「突然、悪いね」

「ううん。どうしたの?帰らないの?」

「お父さんは特別顧問になったからここに住むことになったんだ。だからミクとは校内でたまに会うと思う」

「そうなの?やった!」

「お父さんは教師の寮に入るけど、その前にミクの部屋を見ておきたいと思ったんだ。タク先生には許可を取っておいてもらったよ」

「いいけど……いいの?」

「もちろん。後から説明されるみたいだからね 」



女子寮にいきなり左腕がない男性が入って来たら驚かれるはず。好奇の視線を一身に浴びることになると思うから、お父さんが嫌がらないかなって心配になったんだ。

でも、お父さんは逆に、私にすまん、と謝ってきた。私もその視線に晒されるわけだから、申し訳なく思ったんだろう。

でもね、そんなの今更だよ。



「大丈夫!お父さんに何かあったら助けるから!」

「それは頼もしいね。頼りにしてるよ」



お父さんは朗らかに笑うと、私の頭を撫でた。 お父さんは私の頭を撫でるのが好きだ。私も撫でられるのが好きだ。

前、撫でるの好きだねって言ったら、お母さんが好きだったからって言ってた。お父さんは私からお母さんの面影を感じているんだろう。その時の笑顔が特上の笑顔だったから、お母さんのことが大事だったんだなって痛感した。

そんなお母さんともっと暮らしたかった、生きたかった。頭を撫でてもらいたかった……

あげたしたら、きりがない。



「さて、行こうか」



お父さんが先に歩き出したから、私は隣にぴったりと寄り添って、お父さんの右手をぎゅっと握った。お父さんはびっくりして私を見る。



「先に歩いても場所わからないでしょ?」

「ハハハ……そうだった。ミクに任せるよ」

「うん!」



こうやって手を繋いで歩いたのは、いつぶりかな。随分前のことだと思う。懐かしさと切なさが胸にいっきに押し寄せてきた。

昔は手を繋ぐことが多かったけど、成長するにつれ、そうすると腕がふさがれてしまうからお父さんが不便なことに気づいていった。それからは気を使って手を繋ぐことはなくなった。

お父さんはそれについて言及することはなかったけど、私の心情は察してたと思う。私が、お父さんの右腕に頼るのではなく、お父さんの左腕になろうとしていたことを。お父さんの役に立とうとしていたことを……

しばらくして、寮の入り口に到着した。玄関に管理人さんがいて、お父さんを見て軽く会釈をした。私もお父さんも軽く返す。たぶん、何も言わなくても左腕がない時点でわかったのだろう。


幸い、部屋までは数人にしか見られなかったからそんなに騒がれずにすんだ。それに同級生じゃなくて先輩だったから、質問攻めにはならなさそう。

明日になったらされるかもしれないけど。特にユラに……



「ここだよ」

「お邪魔します」



階段を上がって5115室に着いた。一応、隣は友達の部屋だと教えておく。

部屋の中にお父さんを招き入れると、部屋がい きなり狭くなったように感じた。女子ひとりなら十分な広さだけど、大人の男性には小さいみたい。

お父さんはきょろきょろと見回した後、壁に貼ってある写真に釘付けになった。うーん……恥ずかしい写真はあったよ!そうだよ!ヤト君スマイルのベストショットが一枚貼ってある!

でも、気づいたときはすでに遅し。お父さんに見つかってしまった。

お父さんは指でさして誰なのかと聞いてきた。



「この男の子は?」

「ヤト君。同じクラスで生徒会も一緒にやってる」

「ほう。でも、この男の子どこかで見たことがあるような気がするんだ」

「え、そうなの?今日見かけたとか?」

「うーん……名字は?」

「ヨハンネ。でもスリザークの養子みたいだよ 」

「ヨハンネ?ヨハンネと言ったかい?」

「う、うん……ヤト・ヨハンネ。タク先生の義理の弟だよ」

「ヨハンネ……そうか、それでか」

「え?え?」



お父さんは嬉しそうに何度も頷いた。その真意がわからなくて無駄に声を上げる。そして、お父さんは机の上に出しっ放しだったある写真に目がいった。

それを恐る恐る手に取る。



「これは……」

「あ、仕舞い忘れてた。卒業生みたいだから、 もしかしたら学園祭に来るかもって思って見てたんだ。掃除してたら見つけたんだよ」

「これは……そうか、そうか……」



お父さんは写真を元の位置に戻して、手で目を 覆った。私は驚いて声をかける。



「ど、どうしたのお父さん!大丈夫?」

「ああ……ああ……大丈夫、大丈夫だ……」



お父さんは目をから手を離し、またその写真を持った。それを眺める目は、僅かに赤みを帯びていてうっすらと水の膜を作っている。

……もしかして、泣いてるの?

私はそんなお父さんを椅子に座らせて、私はベッドに座った。お父さんは何度もそうか……そうか……と呟いている。



「お父さん?」

「ミク、よく見つけてくれたね。この写真は…… この写真に映っているのは、お父さんとお母さんだよ」

「えええ?!」

「そして、この写真を撮ったのは……ヤト君のお母さんだよ」

「っ!」



衝撃的な真実に開いた目と口が塞がらない。瞬きも忘れて、声を出すことも忘れてただ愛しそうに写真を見つめるお父さんを見る。

じゃあ、この写真って……



「それなら、この写真って唯一お母さんが映っ てる写真なの?」

「そうだ……写真はすべて燃えてしまったんだ。 燃やしてしまったんだ……あの日に……」

「でも、どうして昔の写真がまだ残ってたんだろ……」

「それはわからないが、これは何かの廻り合わせだとしか考えられない」



確かに、ここにあったっていう事象はそんなに重要じゃない。見つかって持ち主に戻ってきたことに意味がある。

お父さんはいったん写真を机に置いて、私を見た。その瞳はいつもの黒い瞳に戻っていた。



「この写真は恐らく、ヤト君のお母さん……ミツキが撮った写真だ」

「ミツキさん……」

「お父さんとお母さん、そしてミツキは剣術部に所属していて、年齢もひとつずつずれていた。お父さん、ミツキ、お母さんの順にな」


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