Candy of Magic !! 【完】
ミツキさん……後でヤト君に名前を確認してみよう。もし同一人物なら、この写真は奇跡の産物だ。
お父さんとお母さんの唯一のツーショットで、今は亡きヤト君のお母さんの手によって撮られた幻の一枚。
その事実を知ったら、ヤト君は何を思うんだろう。
「これって、お父さんが三年生のとき?ネクタイが赤だよね」
「そうだ。お母さんは青、ミツキは緑。この写真は、お父さんが大会で優勝した記念に撮ったものだ」
「ひとつ聞きたいんだけどさ……お父さん、マナが見えるの?」
それが私が衝撃を受けたこと。見つけた最初はそのことに疑惑を持っていたけど、今となってはもう驚かない。
だって、お父さんは私の問いに目の色を変えたから。
「見えるんでしょ?私も見えるよ……きっと、お母さんもミツキさんも見えたんだよね」
「……ああ」
「ヤト君も見えるんだよ。生徒会の人は全員見ることができて、タク先生も見える。でも、私はこんなに見える人がいるなんて知らなかった。お父さんは知ってた?」
「……ああ」
「それなのに、何も言ってくれなかったよね……」
ついつい責めるような口振りになってしまう。
私の虚言に対して何も言わなかったお父さん。いつもお兄ちゃんにばかり注意された。お父さんは滅多に怒らない……それは過去のトラウマからかもしれないけど、私は赤の他人に変なこと言うなって怒られるよりは、お父さんやお兄ちゃんに怒られる方がマシだった。
でも、お父さんは私を叱ることはなかった。
他の家族では親が子を叱るのは当たり前のようだった。それが内心、羨ましかった。大事にされ過ぎてる、といつも感じていた。だから甘えることはなかった。頼ることも相談することもなかった。
だから、マナが見えることはお父さんには言えなかった。孤独だった。
「マナの存在をいまいち理解できなかったんだよ昔は……今はその存在する意味を知ってるから普通でいられるけど、昔は違った。マナは可愛い動物ばかりじゃない、サメもいたし、ヘビもいたし、クマだっていた。それを見たとき、私は身体が震えてた。そのときばかりは、なんで見えるんだろう、なんで向こうは私が見えてることを知ってるんだろうって怖かった」
マナは見える人間を知ってる。だからあの鋭い瞳や爪、牙……それらを見せつけられたとき、どうすればいいかわからなかった。襲われるんじゃないかって、食べられちゃうんじゃないかって泣きそうになった。
その場面はお父さんの隣にいたときも起こっていた。でもお父さんは見えないからって、面倒をかけさせちゃだめだからって、自分に言い聞かせて理性を保っていた。
でも、それは無意味だったんだ、取り越し苦労だったんだって今知った。
……裏切られたような気分だ。
「お父さんも見えてたなら、教えてくれれば良かったのに……」
知らずのうちに涙声になってて慌てて咳払いをした。お父さんは写真を見つめながら黙っている。
私はそれでも止まらない。
「お兄ちゃんは注意してくれてたけど、お父さんはいっさい何も言ってくれなかった。他の子を見ると、叱られてる……愛されてるんだなって思った。それに引きかえ、お父さんは私にいっさい怒らない。私が怒られるようなことをしてなかっていうのもあるかもしれないけど……でも、私にとって親に叱られることは夢に近かった。親はお父さんしかいなかったから……」
「……」
私はこれから、言ってはいけないことを言おうとしている。でも、止められない。想いは氾濫する。
「それなのに、お父さんは私を見ているようで見てなかったように感じたんだ。お父さんは私を通してお母さんを見てたよね?お兄ちゃんだって、なんとなく私はお母さんに似てるって言ってたもん!お父さんは私が好きなんじゃなくて、お母さんが好きだから頭を撫でるんでしょ?私を通してお母さんを見てたんでしょ?面影を見ていたからそうしてたんでしょ……?」
「ミク、もういい。落ち着くんだ。外に聞こえてしまう」
私が泣きながら叫ぶと、お父さんは苦渋の表情で私を抱き締めた。片腕だけで、しっかりと。
私はお父さんの胸に顔を埋めて涙を流す。お父さんは私の肩に顔を寄せて、耳に囁くようにして言った。
「お父さんは、確かにお母さんが好きだった。でも、だからってミクをないがしろにしてなんかいない。ミクはお父さんの娘だ。血が繋がっている家族だ。だから、愛しているし、大切なんだ。命よりも、ミクとトーマが大切なんだ。怒らなかったのは……あの日に、頭に来すぎて怒りを忘れたからかもしれない。一生分の怒りを発散したような感覚だったしな……それに、怒ればまた失ってしまうかもしれない……大切なものをこの手で壊してしまうかもしれない……そんな想いがストッパーになって、お父さんは魔法を無意識に抑え込んでしまっているんだ。証拠に、今までお父さんのマナを見たことがないだろ?」
言われてみれば……そうだ。お父さんのマナを見たことがない。というより、見ようとも思わなかった。あの写真だって、マナを知っていればお父さんだってわかったかもしれないのに。でも、その写真のお父さんと今のお父さんじゃ印象が全然違うけど……
それにても、私ははお父さんのことを、知ろうとしなかった。
あーあ、バカだなあ……結局自分のことばかりを愛でて、お父さんの想いをちっとも考えてなかった。そうだよね、そりゃなるよね。お父さんは魔法がトラウマなんだ。だから、怒ることが魔法へのスイッチとなり得るから抑え込んでたって不思議じゃない。
それに気づけなかったなんて……傲慢にもほどがある。
「私もバカだね……お父さんのことちゃんと考えてなかった」
「お父さんも、ミクの想いに気づいてやれなかった。俺は親失格だ……」
「そんなことないよ。お互い様だよ」
「ふっ……ミクに言われるとは思ってなかったよ」
お父さんと二人でクスクスと笑った。お父さんは何かに気づいたのか、顔を上げる。
「俺も、前進したってことか……」
頭上には、お父さんのマナである赤い鳥が旋回していた。長い尾羽をはためかせている。
お父さんが俺、と言うとき、それは自分自身に言っているか、お母さんに言っているかのどちらかだ。
さっきのは……きっと、お母さんに言ったんだと思う。
お父さんのマナ、やっと現れたよ。
目で追っていると、ドアを二度ノックされた。慌ててお父さんから離れる。やっぱりお父さんとは言え男の人と抱き合ってるところは恥ずかしい。
お父さんは写真を懐に仕舞った。
「カインさん?そこにいますか?遅いので迎えに来ましたよ、面会時間を30分オーバーしてます」
声の主はタク先生だった。窓の外を見れば、夕陽はとっくのとうに沈んで、綺麗な星たちが輝いているのが見える。
私はドアの鍵を開けた。
「時間は守ってくださいね。ミクは早く食堂に行かないと閉められちゃうよ?」
「あ、はい!失礼します!お父さんまたね」
「ああ」
私はお父さんが部屋から出るのを見送った後、鍵を閉めて足早に食堂に向かった。
そんな私の後ろ姿を見て二人は話していた。
「スッキリしましたか?先ほどよりも顔色がいいみたいですね」
「はい、おかげさまで。誤解が解け、和解できましたから」
「そうですか……お年頃の女子は難しいでしょうね。俺は子育て未経験者ですが、弟の世話はやったことあります」
「ヤト君、ですよね。ミクから聞きました。彼の母親は私の後輩なんです」
「……そうでしたか。それは知りませんでした。本人が知れば喜ぶと思いますよ。俺も知りたいですけどね」
「それは、またの機会に」
「それなら、正月うちに来ません?ミクも来るのですが、それはあなたがいなかった時点での話だったので」
「はい、ぜひ。先生にも会いたいですし」
「では、連絡しておきますね」
「よろしくお願いします」
そんな約束がされていたとは、私は当日近くまで聞かされることはなかった。