Candy of Magic !! 【完】
学園祭二日目
学園祭の1日目が終わって一安心。今日は盛り上がって行こー!
ユラと出店を回ってー、美味しいものたくさん食べてー……
楽しみだな。
「なににやにやしてるのよ」
「ん?だって楽しみじゃん。メイドじゃないし」
「そりゃそうだけどさ……まあ、昨日はお疲れ。今日はパーっとやりましょ!」
「うん!」
ユラはパンフレットを捲って、どこに行こうかと品定めしている。今日もたくさんの人が行き交っていて賑やかだ。
ユラはまずはたこ焼きにしよう、と私の腕をぐいぐいと引っ張った。そんなに焦らなくてもたこ焼きは逃げないよ?
クスクスと笑っていると、目の前を軍服を着た男の人が通った。
……コスプレ?
「わっ!凄い!昔の服だー」
「ん?あれ、ミクちゃん?こんなところで何してるの?」
ユラが歓声を上げていると、軍服の人がこっちを振り向いて私を見るなりそう言った。
その人は……ソラ先輩。
「えっと、これから友達と学園祭を満喫しようかと……」
「あれ?聞いてなかったの?」
「はい?」
「生徒会は二日目はコスプレして回らないといけないんだよ?ルルちゃんもチサトちゃんも今着替えてるんだけど……伝達ミス?」
「え……」
「そのままの格好で後夜祭に出て、売上発表とかその他もろもろをするわけ……やっぱり聞いてなかった?」
「嘘……」
「ミク!あたしのことは気にしなくていいから着替えてきなよ!あたしは部活の子を捕まえて一緒に回るから!」
「ユ、ユラ?!」
「そう?助かるよ!じゃあ行こうか」
「ユラ~?!」
「じゃあねー」
私は軍服姿のソラ先輩に手を引かれてどんどんとユラから遠ざかる。ユラは満面の笑みで手を振っていた……
それが悪魔の微笑みにしか見えないのは気のせい?絶対にこの状況楽しんでるよね?
先輩が軍服姿っていうのも助かって、なんだか連行されてる気分……ため息しか出ない。
「そんなに緊張しなくても平気だよ。それに、昨日メイドやってたんだから今日だって大丈夫!」
「……はあ」
そんな無責任なことを言われても反応に困る。私がどれだけメイドの姿をしていて目立ったか先輩は知らないんだ。
恥ずかしくて部室に入り浸ってたら、私目当てにやってくる人続出でてんてこ舞いだった。アン先輩には、いい看板娘がいて作品がどんどん貰われてくわ!と大喜びだったし、ヘレナ先輩もチサト先輩を勝手に呼んで、私の写真を撮りまくってもらってたし。
……どんな羞恥プレイだろうってげんなりした。
「はい、お姫様のご到着ー!」
「ミク遅いわよ!」
「チサトちゃん、仕方ないんだよ。ミクちゃんは何も知らなかったんだから。それは俺たちのミスだよ」
「そうなんですか?ミクちゃん、あなたにぴーったりの衣装があるんだよ」
チサト先輩とルル先輩は生徒会室にいた。二人ともメイド服を着ている。またメイド?!と思っていたら、ルル先輩が新しい衣装を手に持って見せてきた。
……こ、これはっ!
「じゃじゃーん!お姫様ー!」
「……」
「早く着替えなさい」
……呆れてものも言えない。言葉が出ない。
羞恥プレイが格上げされてるよー!
ルル先輩は無邪気な笑顔で渡してくるし、チサト先輩はソラ先輩を追い出して淡々と私を予(あらかじ)め作られていた更衣室に押し込んだ。
……マジですかマジですかマジですか!
私は渡されたドレスを両手で持ち上げて睨み付ける。ピンク色じゃなくて、淡い紫色。ピンクだったらビリビリに破いていたかもしれない。
だって、メイド服もピンクだったから。普通黒だと思うでしょ?なのにピンク!ロリータ!嫌だったんだよっ!
「どう……ですか」
「おおお!お姫様!プリンセス!ティアラがあれば良かったのに!」
「それはないわよさすがに。ミクはもうメイドやったって言ってたから、整理してもらった荷物の中から引っ張り出したの。二日連続でメイドは嫌でしょ?それなら別のものがいいよねってなったの」
「……そうですね」
はい、確かに夏休みに段ボールを片付けたときに見つけました。それをまさか着ることになろうとは思ってなかったけど……
これならメイドの方が良かったのにー!先輩たちのは黒のメイド服じゃん!ピンクじゃないじゃん!
「他の皆さんは……?」
「めんどくさいから男子は強制的に軍服よ。新しく作りたくないし」
「作る?」
「あ、チサトちゃんはね、お裁縫も得意なの。手先が器用なんだよー」
「これ、全部ですか?!」
「そうよ。だから文句は受け付けないわよ」
「……」
チサト先輩にチラッと鋭い視線で見られた。どうやら私の不満が顔に出ていたらしい。
そんなチサト先輩にひえ~と心の中で叫んでいると、ガラッとドアが開かれた。
「もういいかい?」
「開ける前に言ってくださいよソラ先輩」
「ハハハ……そりゃそうか。ルルちゃんの声が聞こえてきたからそろそろかなって思って」
「そろそろも何もありませんよ。で、どうしますか?」
「取り敢えず、合流しようかな。歩いてれば直に会えるよ」
「めんどくさいですね」
どうやらヤト君たちと合流するようだ。でも、着替えて何になるの?目的でもあるのかな。
生徒会室から出て歩きながら聞いてみる。
「あの、着替える意味ってあるんですか?」
「ん?ないよ」
「へ……」
「チサトちゃんがどうしても思い出として何かやりたいって言うから、こうしてるだけ」
「チサト先輩?」
「コスプレなら、写真に残せるじゃない?名案でしょ?」
「あの、ええっと……」
それじゃあ、着替えた目的って……
「チサト先輩の趣味ってことですか?!」
「失礼ね。私個人だけの要望じゃないわよ。ルルも賛成してくれたし、ソラ先輩も乗り気だし」
「チサト先輩の代からコスプレやってるんです……よね?」
「当たり前でしょ?」
チサト先輩は満面の笑みでカメラを私にちらつかせた。
……もっと早くに産まれたかった!
「いいじゃんコスプレ!古風な衣装って落ち着くよねー」
「そうね。落ち着いた色合いが多いから、その人の内面がわかりやすいわ。今じゃ化粧と洋服で何にでもなれるし」
「あ、いたいた。おーい、こっちこっち!アラン!」
ソラ先輩がいきなり手を振って大声をあげるもんだからびくついた。ソラ先輩の視線の先を見ると、軍服姿のアラン先輩とリト先輩、そしてヤト君がいた。
三人とも似合っている。
「ごめんごめん。ミクちゃん知らなかったんだってー」
「そうか……」
「可愛いでしょ?プリンセス」
「……まあ、な」
アラン先輩は私を見るなり視線をさ迷わせた。そしてソラ先輩の質問に歯切れの悪い答えを返す。
……あのときは散々可愛いって連発してたのに、人がいると言えないのかな?
と、私は少し不満に思ったから、自分でも意外だと驚く。
これではまるで、先輩に可愛いって言ってもらいたいと言っているようなものだ。昨日の先輩の反応にも少しもやもやっとしたし……
私は途端に恥ずかしくなってドレスのスカート部分のしわを手ではたいた。
「これからどうしますか?」
リト先輩が周りを見渡しながら言った。しかも苦笑いで。
……なぜなら、大衆の視線を私たちは集めていたから。コスプレがこんなにいたらそりゃ驚くよね。
「そうだな……分かれるか」
「プリンセスは紅一点の方が雰囲気出るよねー……アランとヤトがついてあげれば?リトはこっち。メイドに囲まれた騎士なんてハーレムみたいでやだもん」
「え、先輩勝手に決めないでくださいよ!」
「ヤト~、口出ししなーい!これは副会長命令だぞ。んじゃ解散!」
ソラ先輩は今さらな自分の役職を口にしてそそくさとどこかに去ってしまった。人が減って私たちの間を風が吹き抜ける。
紅一点、ですか……私は護衛を引き連れたお姫様っていう設定なんですか。
……私の柄に合わないよー!
「ソラにまんまとはめられたな……」
アラン先輩は髪を無造作にくしゃっと弄るとため息を吐いた。それに便乗してヤト君もため息を吐く。
「ソラ先輩め……」
ヤト君は苦虫を噛み潰したような顔でソラ先輩が消えて行った方向を見た。大衆はそれにびびって引いていく。
「ちょっとヤト君!お客さんを威嚇しちゃダメだよ」
「……ちっ」
「いやはや、良いものを見せてもらった」
突然人をかき分けて現れたのは……エネ校の生徒会長!部下は少し離れたところでこっちを見てる。
ヤト君はあからさまに嫌そうな顔を向けた。
「久しぶりだな」
「体育祭以来か?昨日は俺は来ていないんでね」
「そうなのか?」
「これでも忙しいんだよ」
生徒会長……ええっと、名前忘れた。まあ、呼ぶことないだろうし、いっか。
ふっ、と気取って笑った会長にうわっとドン引きしていると、部下たちのひそひそ話が僅かに耳に入った。
「会長、ああ言ってるけど実は風邪ひいてたらしいぜ」
「そうなのか?何も聞かされてなかったけど」
「保健室に血相変えて何度も出入りしてたのを見たやつがいるんだ。そいつも体調を崩してたんだけどな」
「いや、俺はトイレに何度も出入りしてた先輩らしき人を見たやつがいるのを知ってるぜ。そいつは持病の喘息がひどくて咳き込みすぎて何度も吐きそうになるから、トイレに行ってたんだ」
……あの、それってつまりは。
ただの下痢なのでは……?
会長は聞こえているのか聞こえていないのか、すました顔で淡々と告げる。
「おい、この俺を案内してくれないか?校長に報告をしなければいけなくてね。我が校との違いをこと細かにな」
「そうか。それなら案内してやる。ただし、学園祭の邪魔はするなよ?ダメ出しも受け付けないからな」
「承知した」
アラン先輩は姿勢を正して承諾した。軍服を着ているからさらに様になっている。まだ残っていた観衆の女性たちがため息を漏らした。
……先輩モテるなー。
若干アラン先輩に見惚れながら廊下を歩く。その傍らには会長が興味なさそうにアラン先輩の説明を聞いていた。
……失礼なやつだ。誠心誠意をこめてこっちは案内してるのに。
イライラとしながらヤト君と並んで歩いていると、ちょうどタク先生が通りかかった。ヤト君に話しかける。
「お、今年もか」
「はい」
「どっかの時代劇みたいな感じで新鮮だなあ。おまえにはまだ少し大きいみたいだが」
「……それを言わないでもらえませんか」
「気にしてた?悪い悪い。牛乳飲んでたくさん寝れば背は伸びるさ」
「大きなお世話です!」
「ミクは可愛いしなあ……ヤベ、今の変態っぽい」
「今さらでしょ」
「なんだとヤト!」
ヤト君は普段の先生の過度の愛を受けているから、横目で見ながらぼそっと呟いた。それを先生は裏声で答えてヤト君の肩を揺さぶる。
ヤト君はめんどくさそうに視線をそらしてされるがままになっていた。
「まっ、じゃあ俺はこれでおさらばするわ。準備があるからさ」
「準備?」
「そう。二日目は最終日じゃない?そこで、あるイベントをすることになったんだ」
「へえー……で、どんなのなんですか?」
「それは見てのお楽しみ。今年からだから誰も知らないよ」
先生は意地悪にそう言うと、バイバーイと軽く去ってしまった……ヤト君はいつまでも睨み付けていたけど。
私はヤト君を宥めてあげようと話題を変える。
「き、昨日はあのあと何してたの?」
「あ?ああ……ソウルと校内を回ってた」
「あのね、昨日お父さんが来たんだよ」
「へえ……どんな人なの」
「優しくてカッコいいんだ。見かけたかな?左腕が無いんだけど」
「なんだと……!」
え、な、何その反応!