悠久幻夢嵐(2)-朱鷺の章-Stay in the Rain~流れゆく日々~




『苦しまなくていい。

 お前の望む世界をやろう』







何処からともななく聞こえた声は、
俺の意識を引きずり下ろすかのように
深い意識の下へと
引きずり落としていく。





(夢)







「神威、
 神威早く起きなさい?」





誰だ?




俺の前で微笑み続けるのは、
着物にエプロン姿で、
長い黒髪を
結い上げておだんごにしている
女の人。






その人の姿を……
記憶の片隅
……何処かで覚えている……。




「おっ……母さん?」




思わず口から零れ落ちる。



いやっ、
母はもう居ない。




母の存在を強く否定する
俺自身と、そのぬくもりの中に
何時までも残りたいもう一つの俺自身。



「あらっ、何?
 神威、お母さんに決まってるでしょ。

 ほら、そんな顔しないの。

 お父さんがお社に居るから、
 神威、呼んできてちょうだい。

 お前が学校に出掛ける前に
 皆でご飯を食べましょう」




そう言いながら、
母の姿をした人は台所で
軽快なリズムで包丁を使い始めた。








此処は……
心の奥底で
俺が焦がれ続けた……世界……。







父さんが居て、
母さんが居て……
俺が居て。





幼い時に失った、
家族のいる……世界……。






あと少し……。

もう少しだけ……。





否定する
俺自身の心を閉じ込めて
その中に自ら入り込んでいく。






家を出ると、
そこはよく知った総本家そのまま。



母さんが話していたままに、
社に行こうと思い描く。





社まで駆けていくはずなのに、
次の瞬間……
対して歩く間もなく社が姿を見せる。






そこに居たのは……
父さん。









駆け寄って声を出したいのに、
思うように声が出せない。







「おはよう神威。
 朝ご飯か?」







声が出せないでいる俺に
社の中から近づいてきて話しかけるのは
確かに……あの日、荒れた夜に真っ白な装束を身に着けて
出て行ったきり戻ってこなかった……父さん。





「……父さん……」






近づいてきた父さんの腕に
恐る恐る触れる。




指先から伝わる体温。




それは……父さんが
生きてる証のように思えた。





嘘だ……。


これは闇が見せる世界。





現実じゃない。





理性は必死に
シグナルを鳴り響かせるのに、
想いは……うまく繋がってくれない。






想いは……
深みに引きづられていく。



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