悠久幻夢嵐(2)-朱鷺の章-Stay in the Rain~流れゆく日々~
「お帰りなさいませ。
ご当主」
ヘリの扉が開くと同時に、
俺を迎えて上品にお辞儀する女性。
この人が後見役の華月。
華月の後ろ、静かに控えるのが
サポート役の万葉。
そして……今、
叔父と言うよりは、
歳の離れた兄のような感覚で
頼っている飛翔。
この三人の存在が、
今の俺にとって一族を取りまとめるのに
必要不可欠な存在となっていた。
「華月、飛翔は?」
「いらしてましてよ。
当直明けでこちらに来られて、
今は自室で仮眠しています」
「そう」
飛翔の仕事は医者。
鷹宮総合病院と言う、
個人経営の病院に雇われる存在だ。
「万葉、村の関係者を招集してくれ。
六月、ダム建設が決定した」
それを告げる言葉は、
俺自身の唇をかみ切れるほどに重い。
唇の端からツツっと流れ落ちる、
悔しさの滴を手のひらで拭うと
口の中に鉄臭さが広がっていく。
「ご当主」
心配して近づく、
華月の行動をゆっくりと制した。
「悪い。
少し力を入れすぎただけだ。
口をゆすいでくるよ」
そう言うと、建物の中に入って
自分の部屋へと直行した。
俺にもう少し
父さんみたいな力があれば……。
悔しさだけが今も
俺自身を縛り続ける。
自室の洗面所で、
口の中をゆすぎながら
鏡の向こうの
俺自身を睨み続ける。
徳力の名前じゃない。
もっと俺自身が
大きくならないと、
誰も俺の耳を貸すことはない。
「神威、入るぞ」
声の後、すぐに襖が開く音がして
侵入してくる飛翔。
慌てて噛み切った口元の血を確認する俺に
アイツは毒づきながら
傷口だけを確認した。
「これくらいなら粘膜の再生能力さえ高める食事に
切り替えれば、落ち着くだろ。
義母さんに言っとく」
「てめぇは、いちいち心配性なんだよ。
それより、少しは寝たのかよ。
昨日は当直だったけど、
その前は帰って来てなかっただろ」
「ガキが気にしてんじゃねぇ。
会議始まるんだろ」
そう言ってアイツは俺の頭を
からかう様に撫でつけた。
「飛翔、髪が乱れんだろうがっ」
思わず素の反応を返しながら、
手櫛で髪を整えると、
飛翔と共に会議室へと向かった。
その場所で、もう一度
華月と万葉に
告げたことと同じ内容を語る。
村の議員たちは一斉に
頭を項垂れた。
「御当主。
長々の話し合い、お疲れ様でした。
幸いにして、山辺地区にはあの災害の時より
誰一人、生息しているものはおりません。
山辺のものたちは、飛翔様の迅速な行動により
今は飛翔さまのマンションや、
徳力が持つ、それぞれの家にて
新たに生息しております。
万事、その日が滞りなくすぎますように
私共も肝に命じておきたいとおもいます。
水に沈む、山辺の御霊を供養すべく
式典の支度も整えようと思います。
そちらは宜しいでしょうか?」
シーンと静まり返った空間に、
全ての責めを覚悟したかのように
万葉が淡々と、俺に意見を切り返す。
万葉の問いかけに対して、
俺はただ頷くことしか出来なかった。