悠久幻夢嵐(2)-朱鷺の章-Stay in the Rain~流れゆく日々~
「ご当主。
奥宮に何用ですか?」
静かに告げた突き放すような言葉。
「闇寿、何を隠している。
この場所が、闇の原因だという事はすでに見えている。
朱鷺宮に会いに来た」
涼夜ではなく朱鷺宮と告げた俺に
闇寿は首を縦に振らなかった。
「涼夜に会わせろ」
涼夜。
アイツの名を初めて口にした時、
闇寿の表情は柔らかなものへと変化していく。
「ご当主は、闇が見えるのですね」
しみじみと呟かれた闇寿の言葉。
「闇って黒い靄がかったものか?
それなら春頃からずっと見えてた」
闇寿に切り返すと、そのまま静かに頭を垂れた。
「闇寿っ!!」
突然、奥の方から後見が叫ぶ声が聞こえた。
慌てて声がする方向へと
飛翔に支えられながら駆け出す。
飛翔の姿を確認すると、
縋り付くように飛翔の告げる。
「涼夜さんが……」
華月の声を受けて涼夜の寝所らしき部屋へと
飛翔は飛び込んでいく。
そこで蘇生処置を施す飛翔と、
横たわり続ける涼夜の姿。
嘘だろ……。
涼夜の命が尽きようとしている
その現実感が俺もないままに時間だけが過ぎて行った。
すると柊が姿を見せる。
「……柊殿……」
その名を告げたのは闇寿。
「華月さま、お神酒を」
柊が告げるままに華月ではなく闇寿が対応していく。
その人は、手早く寝所周辺に
お神酒を振りまくと涼夜の傍に立ち、
飛翔を寝所の外へと促した。
指から次々と描かれるのは
俺自身も結界の時に使うあの古の指文字。
素早く指文字を描き続けた後、
その人の足元に古代文字が刻まれた
何かが浮かび上がっていく。
その直後、指先を天に動かしたのと同時に
水の波動が、寝所周辺の闇を一気に吹き飛ばしていく。
『我血は神と契りを交わしもの。
この身に宿る血の契約に従い、
我は汝を償還するものなり。
来たれ、蒼龍 水連』
轟くように言い放たれた声。
その直後、水色の着物をたゆとわせながら
その宙に浮かぶ神気を感じる。
「柊佳(とうか)……我力を求めし事とは何用か」
「柳蓮、力を貸してちょうだい」
「柊佳、その者は」
「えぇ。
だから柳蓮の力を借りたいの。
再び、その体内に残る水に躍動を」
目の前の神龍は軽く頷いた後、
天から迸る何かが、涼夜の体の中に次々と
打ち込まれては消えて行った。
ゆっくりと赤みが戻っていく涼夜。
一度の仕事を終えたらしい
蒼龍と呼ばれし存在は静かにその姿を消した。