悠久幻夢嵐(1)-雷の章-a rainy insilence
「遅いっ」
電話に出た途端に、
不機嫌そうな飛翔の声が聞こえる。
「飛翔、遅いって何?
私も……朝は忙しいんですよ。
今、時雨のご飯、作ってるんですよ。
今日、私の食事当番なんで」
「悪かった」
「それで飛翔、何か用ですか?」
時間はまだ9時前。
早い時間に電話をかけてきて、
遅いと怒鳴った理由はそれなりにあるはずだと思いながら問う。
「悪い。
今から用事が出来た。
午後の鷹宮、キャンセルするから
勇たちに言っておいて」
「用事って何かあったんですか?」
「TV」
短く告げた飛翔の言葉に、慌ててキッチンから少しでて
テーブルにあるリモコンでTVの電源をいれる。
映し出されるは大雪で家屋が倒壊した映像。
*
『今回の大雪による災害の被害にあった斎市は、
昨年の市町村合併で近隣の郡と合併して誕生した市です。
合併した市町村を申し上げます。
田丸郡。田神村。安倍村。
月ヶ瀬郡。春日郡……
以上の市町村が……』
*
そんな映像を背景に、
ニュースキャスターの声が淡々と響く。
その中で一つの地名が耳に残る。
「安倍村?……。
飛翔、安倍村って確か……」
「あぁ。
悪い、少し行ってくる」
飛翔はそれ以上説明することなく、
電話を切った。
「由貴、どうかした?」
お風呂から出てきた時雨は、
バスタオルで髪を乾かしながら、
リビングのTVを見つめる。
「凄い雪だな」
「えぇ……。
斎市の中には飛翔の故郷も入っているそうです。
今、連絡があって今日の鷹宮は行けないと連絡がありました。
多分、安倍村に行くのかもしれません」
「だが、行くって言ってもこの状態だろ。
安倍村の元住人って言っても、飛翔は一般市民だろ。
災害真っ只中の現場に入れるか?」
そう言った時雨の言葉ももっともで、
私は中華粥を鍋から茶碗によそってテーブルに置く。
「由貴、飛翔のことは気になると思うけど
今は朝食。
職場に行ったら俺も情報収集に努めるから。
とりあえず今は食事」
時雨がそう言うと、
TVの電源をリモコンでオフにした。
このままつけっぱなしで居ると
私自身の精神状態が不安定になっていくのを
幼馴染の時雨にはお見通しだから。