悠久幻夢嵐(1)-雷の章-a rainy insilence
朝食の後、私は時雨を見送って
愛車のミニに乗って、鷹宮の教会へと向かった。
約束よりも少し早い時間。
車を駐車場に停めて、
何度も通いなれた、教会側の扉から
建物の中へと入った。
あの頃と同じように、
この教会の中には、倍音ヒーリングと呼ばれる
サウンドが流れ続ける。
勇の養母である、
歌姫が歌い続ける優しい歌声。
そしてその教会には、
私の想い人、春宮妃彩【はるみやひめあ】が
介助犬であり、彼女の生活のパートナー。
ラブラドールレトリバーの水晶【みずあき】号と一緒に
姿を見せていた。
彼女はこの春、住み慣れた桜ノ宮サナトリウムを出て
この鷹宮総合病院の中にある、ケアセンターでお世話になっている。
同じ敷地内の方が、妃彩さんに逢いに行きやすいと言うのが一つ。
そして、研修が始まった後は、
今までの様に、桜ノ宮サナトリウムまでの距離は気軽に行けない。
そんな私自身の思惑があったから。
そして……この場所。
私が心を慰められたように、
この場所に満たされる、倍音の音色か
彼女に何かの変化をもたらしてくれないかと期待しながら。
「あっ、由貴さん」
「おはよう。
朝のお祈り?
水晶、今日もお仕事お疲れ様」
すでに介助犬としては、引退している子もいる
年齢に差し掛かっている水晶号。
だけど彼は、まだ引退せずに
今も彼女の傍で支え続ける。
彼女の亡き彼氏である、
氷雨が彼女に送った最後のプレゼントだから。
だけど何時か、水晶号が引退の時を迎えたら
時雨の許可を貰って、
私が新しい家族になれたらと今は思ってる。
それは彼女にまだ話すことのない秘め事。
ふいに教会の扉が開いて姿を見せたのは、勇。
「由貴、此処に居たんだ。
おはようございます、春宮さん」
そう言って妃彩さんにも声をかけると、
マリア像の前で祈りを捧げて、
私たちの方へと歩いていた。
「勇、飛翔なんだけど
今日のボランティアには来れないって」
「来れないって何かあったの?」
「飛翔の故郷が、大雪の被害にあって
飛翔は、そっちに出掛けた」
「飛翔の生家って、徳力だよね。
徳力のホームドクターは、神前悧羅。
裕兄さんと、裕真兄さんのところなんだ。
裕真兄さんは留学中だけど、
裕兄さんは国内にいるはず。
何か情報があるかもしれないから、
連絡してみるよ」
そう言うと、勇は携帯電話をポケットから取り出して
その場で裕さんのところに連絡をしているみたいだった。