捨て猫にパン
部屋に入って、水を一杯。


出張は何とかなるとして、ですよ。


どうしよう…倉持さんに、電話…。


時間も遅いし、でも「待ってる」って言われたし…。


あたしは名刺とスマホとしばしにらめっこ。


アドレス…。


あの日、交換したから。


メールだけでいいよね…?


“和島です。電車乗れました”


の、これっぽっちの色気もないメールを迷いながら送信。


寝てるかな…返事なんて、こないよ、ね…?


タバコのお守りをきゅっと握って、待つこと数分。


あたしのスマホは光らない。


見つめながら、今朝、陣主任が言ってた話が頭の中でぐるぐる回る。


“ほっとけない捨て猫に給食のパン”って。


そうだよ、ね…。


捨て猫にパン。


あたしにかまってくれるのは一時の気まぐれで、倉持さんにとって特に意味のあることじゃない。


意味のない朝の車出勤。


わかってる。


わかってるのに、そう思うと胸の奥が締め付けられるような感じたことのない痛みにかられて、あたしはその痛みをごまかしたくて右手の甲を噛む。


胸より手の痛みの方が、ずっと楽。


スマホを充電器に置こうとすると、


♪~♪~♪


突然の着信音に思わず1人で声を漏らす。
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