捨て猫にパン
終勤まで仕事はこなしたものの、怒ったように早足で前を歩く陣主任に、あたしは小走りで黙ってついて行く。


帰り道、日が暮れて所々アスファルトを照らす街灯の光が冷たく感じた。


初夏のぬるい風が気持ちを沈ませる。


どうして主任は倉持さんを意識するのか。


なぜ怒ってあたしを送ってくれるのか。


わからない“なんで?”のループを抱えたまま、2人でアパートの前。


「あの…」


「上がっていいか?」


「え?」


「話がある。部屋に入れてくれないか」


「あ、ハイ…」


階段を上がり203の前で鍵を開けて、陣主任に入ってもらう。


「すぐコーヒーいれますので」


「いい。すぐ済むから。真琴、こっち来いよ」


キッチンに行きかけたあたしの手を、陣主任が握った。


そのまま。


体が強く引き寄せられて、かすかな柑橘系の香りを感じたと同時にあたしがいたのは。


陣主任の胸の中だった───。
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