捨て猫にパン
きっと。


きっと、これでいいんだよ、ね…。


陣はちゃんとあたしを大事にしてくれる。


今までもそうだったように、これからも。


もう必死になって誰かを追うような年でもない。


え…。


誰か?


…誰を?


追う?


…何を?


ヤダ、あたし…なんで涙が出てくるんだろう…。


これ…何…?


何かが胸に刺さって抜けない。


このトゲは…。


わかってる。


わかってるけど、もう遅いの。


だってあたしは、捨て猫にパン。


あの人にとって、あたしは…。


あたしは…?


あたしにとって、あの人は何?


痴漢から助けてくれた、ただの親切な人?


会社まで送ってくれる、ただの運転手?


ううん。


どれも違う。


あたしは…。


あたしは。


あの人の静かな声が。


車の窓の陽に映える茶色い髪が。


切れ長の瞳の下にある小さなホクロが。


倉持さんが。


好き───なんだ…。
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