隣の部屋のナポレオンー学生・夏verー
どういうことか。
それは彼が捨てたはずの、コルシカ島での名前のはずだ。
「いいや……」
ナポレオーネと呼ばれた陛下は、その水の底のような無表情に、僅かな笑顔をともした。
「ナポレオンよ。
お前は若き頃から、余と共に歩み、2人でこの地位を築きあげてきた。
だから余は、お前に政治を任せたいのだ」
「なにっ」
「“余の辞書に不可能はない”。
前線でそう言ったのはお前の方だったな。
積極的に戦に加わり、兵たちの士気を高めていた。
お前は素晴らしい指揮官だ。
その点、余は皇帝として政治をするくらいしかできなかった」
彼らの会話から、どうやらナポレオーネなる陛下は、ナポレオンという自分に瓜二つの男に政治を任せようとしていることが聞き取れる。
ということは。
これまでの戦にも、彼らは2人で参加していたということか。
1人が司令官として上に立ち、もう1人は裏で動くか、兵に紛れて戦っていたとでも言うのか?
私は困惑した。
おそらくこの時ほど、私を困らせた謎はないだろう。
「もしや、お前は己の力に劣等感でも感じておるのか?
そんなことはないぞ。
お前が立てる戦略は、我が輩の度肝を抜くほすどのものだった。
政治だって、お前はずっとよくがんばって……」
「ナポレオン」
陛下はナポレオンの言葉を遮った。