隣の部屋のナポレオンー学生・夏verー
「ふ、ふんっだ!
転落してるのは、お前のスタイルではないか。
スリーサイズすべてキュッだろう」
「言ったわね?
次にそれ言ったら、あんたのそのクソ長い下まつ毛を一本ずつ引き抜いてやるから」
「やれるものならやってみろ。
鬼婆ひなこ!」
「うっさい、スパゲッティみたいな名前のダメ中年」
「それはひどいぞ緋奈子!
ナポリタンとナポレオンって、半分くらいしかかぶっておらんだろう!
ちょっと、いま我が輩きずついた!」
はっきりと、青年の言葉が私の耳に飛び込んだ。
皇帝。
名前。
ナポレオン。
我が輩。
私の脳裏に、戴冠式での部屋の出来事が浮かぶ。
2人のナポレオン。
ひとりは一人称“我が輩”の、軍人。
もうひとりは、“余”の皇帝。
ーーーそのまさか、だ。
私はその時、確信せずにはいられなかった。
あの青年は、かつての軍人ナポレオンなのだと。
どんな経緯があったのかは謎だが、彼も私と同様に、記憶と人格そのままで、日本に生まれて来たのだ。
そしてそれを、緋奈子は知っている。
(周りは気づいていないが、彼女だけか)
私は耳をそばだて、顎に手を触れる。
見てみれば緋奈子は、かつて戴冠式の部屋で聞いた、軍人の方の陛下の好みに当てはまる。
しかし彼らのやりとりは、どう贔屓目に見ても恋愛絡みの間柄とは思えない。