隣の部屋のナポレオンー学生・夏verー
ナポレオンは硬直した。
心当たりのある口調だった。
慇懃でありながらどこか上から押さえつけるような物腰の男は、生前にも会ったことがある。
「……タイユランか?」
「タレーランです、陛下」
待田講師の姿をしたタレーランは、そこだけを厳格な口調で訂正させる。
無論、笑顔のままで、だ。
「まさか、お前も我輩と同じように……」
「そのまさかです。
あなたがどのようにして日本人男児に生まれ変わったのかは存じませぬが……」
タレーランは立ち上がってナポレオンに詰め寄ると、その顎にそっと手を添えた。
「縁とは不思議なものですな。
昔に世話になったお方が、こうして可憐な姿に生まれ変わり、私の前に現れてくれるとは……」
ナポレオンはタレーランの言葉に青ざめた。
シャルル・モーリス・ド・タレーラン・ペリゴール……有能な外交官としてもそうだが、好色家としても名が通っている。
ナポレオーネのほうはどう思っていたかは別にして、ナポレオンはタレーランが苦手だった。
「お、おいっ……」
なにかまずいものを察したナポレオンが勢い良く立ち上がる。
しかし、途端にタレーランに距離を詰められて、逃げ場を失った。
「ずっとお聞きしたかったのですよ。
陛下、あなたに…」
妖艶な笑みでタレーランが問う。
ナポレオンは答えるどころではない。
緊迫感で固唾を飲み、「う」と呻いた。
その時。
「待田先生‼︎」
資料室のドアを力一杯に開け、何者かが息を切らして肩を上下させる。
おや、とタレーランは眉をはねあげた。
「白馬の王子様のお出まし、といったところですかな、陛下」
タレーランの視線の先、ドアの口て立っていたのは、息を切らした緋奈子であった。