Wednesday ☂
「…沙綾。俺、お前に一目惚れした。
あの日。雨降ってんのに一人でしゃがみこんでる女がいてさ、
後ろ姿だけでも困ってんのがすっげぇ面白くて…よくわかんねぇけど放っておけなかった。
制服も同じだし、助けてやるかって。
俺、人助けとかしたことねぇのに。」
「手袋ぐらいで命の恩人みたいな顔して喜ぶお前が、頭から離れなくて。
純粋で素直でたぶん初めて可愛い女だって思った。
俺は単純だからよ、すぐお前に興味持ってあんな風に告白して…」
そこで、声は聞こえなくなった。
恭一くんが、話すのをやめた。
「ッ……恭一くん?」
「…こんなこと言ってちゃ未練たらしいよな。やーめた。」
「えっ?」
「沙綾、自分の気持ちに気付いてやれ。
…お前が好きなのは俺じゃねぇぞ。」
彼の静かに揺れる声が
確かに 心に響いて何度も繰り返される。
「…お前を泣かせたいわけじゃないから。
笑わせてやりてぇの、だけどそれは俺の役目じゃねぇんだ。
…俺はお前のために、
お前を好きだった気持ちを今捨ててやる。」
強い瞳は迷いなくわたしを見つめて
どのひと言にも後悔の色を見せなかった。
きっと、これが
彼の優しさで決意で嘘のない気持ち。
「ま…橘の王子様バカに泣かされたらいつでも慰めてやる。
俺はお前の心強い味方だからよ、感謝しろ。な?」
「…っ…う…ん、…」
泣くのを堪えたせいで裏返ったわたしの声に
いつもの表情で笑ってくれた恭一くんは、
じゃあな、ともう振り向かずに
教室と反対方向にむかって姿を消した。