先生がくれた「明日」
その日、メールを送ってみた。

私がしていることは、よくないことだって分かっていた。

彼を、本当に好きになることは、ないということも。


分かっていたけれど、引き返すことはできなかった。

時給のいいこのバイトを逃したら、私はもうやっていけない。

なぜか、そんなふうに自分を追い詰めてしまって―――



「ただいまー。」


「おう、おかえり新庄。」


「おかえり、莉子姉!」



当たり前のように私を迎えてくれる先生と歩。

それだけで、疲れた心がふっと安らぐ。

なんだかいつの間にか、本当の家族みたいに思っていた。



「今日はみっちゃんと何をしたの?」


「新庄、調子に乗って、」


「今日はね、小学校のグラウンドでね、みっちゃんとキャッチボールをしたよ!」


「そうー、よかったね!」


「みっちゃんね、すごいんだよ。僕、苦手だったのに、みっちゃんに教えてもらったら、遠くまで投げられるようになったんだよ!」


「そっか。すごいねー、歩。」



先生に、感謝の気持ちでいっぱいになる。

ずっと、家計を支えるので精一杯で、歩の相手をしてあげられなかった。

甘えたい盛りに、一体どれほどの寂しさを、その小さな胸の中に閉じ込めていただろう。


だから、先生が歩と関わってくれることが、本当に嬉しかった。



「新庄、」



先生は、急に立ち上がって私の背中を押した。

押されるままに、私は台所に連れていかれる。

歩は、ちょうど今始まったテレビアニメに、夢中になっていた。



「お前さ、」



先生は、さっきまでの笑顔を引っ込めて私を見ていた。

バイトがばれたのかと思って、怖くなる。



「ずっと黙ってた。だけど、」


「夕飯作るから先生はあっち行って!台所は男の人が入るところではありません!」


「何だよその、封建的な思想。」


「とにかく、心配しなくて大丈夫だから。」



先生は、渋々といった感じでリビングに戻って行った。


はあ。


私はため息をつく。


心配しなくて大丈夫、なんて言いながら。

私は先生に胸を張れるようなこと、何一つしてない。


本当は、先生に家族のことも話すべきなんだろう。

先生だって、もうとっくに気付いてると思うし。

歩を見てもらっているんだから、礼儀として話さなくてはいけない。


だけど、本当のことを話したら、先生はきっとすごく心配するだろう。


私は、成績やら授業態度やらを、苦しい家計のせいにしたくはなかった。

憐みの目で見られるのは、嫌だった。

それなら、誰にも話さない方が余程気楽だと思っていた。


いつも、明るく笑っていたかった。

涙をこぼす暇があったら、歩を立派に育ててあげたかった。

後ろを振り返るなんて、無意味だって思って。


だから、だから先生。

これ以上私に関わらないほうがいい。

私、どうしたって先生に甘えてしまう。

それでいて、誠実な態度を見せられる自信が無いんだ。



「今日は鍋だよ~!」


「わーい!」


「うまそうだな!」



だけど。

久しぶりに手に入れた安らぎを、手放したくないのも確かで。


もう少し、もう少しだけ。


そう思う日々だった。
< 14 / 104 >

この作品をシェア

pagetop