先生がくれた「明日」
その日、メールを送ってみた。
私がしていることは、よくないことだって分かっていた。
彼を、本当に好きになることは、ないということも。
分かっていたけれど、引き返すことはできなかった。
時給のいいこのバイトを逃したら、私はもうやっていけない。
なぜか、そんなふうに自分を追い詰めてしまって―――
「ただいまー。」
「おう、おかえり新庄。」
「おかえり、莉子姉!」
当たり前のように私を迎えてくれる先生と歩。
それだけで、疲れた心がふっと安らぐ。
なんだかいつの間にか、本当の家族みたいに思っていた。
「今日はみっちゃんと何をしたの?」
「新庄、調子に乗って、」
「今日はね、小学校のグラウンドでね、みっちゃんとキャッチボールをしたよ!」
「そうー、よかったね!」
「みっちゃんね、すごいんだよ。僕、苦手だったのに、みっちゃんに教えてもらったら、遠くまで投げられるようになったんだよ!」
「そっか。すごいねー、歩。」
先生に、感謝の気持ちでいっぱいになる。
ずっと、家計を支えるので精一杯で、歩の相手をしてあげられなかった。
甘えたい盛りに、一体どれほどの寂しさを、その小さな胸の中に閉じ込めていただろう。
だから、先生が歩と関わってくれることが、本当に嬉しかった。
「新庄、」
先生は、急に立ち上がって私の背中を押した。
押されるままに、私は台所に連れていかれる。
歩は、ちょうど今始まったテレビアニメに、夢中になっていた。
「お前さ、」
先生は、さっきまでの笑顔を引っ込めて私を見ていた。
バイトがばれたのかと思って、怖くなる。
「ずっと黙ってた。だけど、」
「夕飯作るから先生はあっち行って!台所は男の人が入るところではありません!」
「何だよその、封建的な思想。」
「とにかく、心配しなくて大丈夫だから。」
先生は、渋々といった感じでリビングに戻って行った。
はあ。
私はため息をつく。
心配しなくて大丈夫、なんて言いながら。
私は先生に胸を張れるようなこと、何一つしてない。
本当は、先生に家族のことも話すべきなんだろう。
先生だって、もうとっくに気付いてると思うし。
歩を見てもらっているんだから、礼儀として話さなくてはいけない。
だけど、本当のことを話したら、先生はきっとすごく心配するだろう。
私は、成績やら授業態度やらを、苦しい家計のせいにしたくはなかった。
憐みの目で見られるのは、嫌だった。
それなら、誰にも話さない方が余程気楽だと思っていた。
いつも、明るく笑っていたかった。
涙をこぼす暇があったら、歩を立派に育ててあげたかった。
後ろを振り返るなんて、無意味だって思って。
だから、だから先生。
これ以上私に関わらないほうがいい。
私、どうしたって先生に甘えてしまう。
それでいて、誠実な態度を見せられる自信が無いんだ。
「今日は鍋だよ~!」
「わーい!」
「うまそうだな!」
だけど。
久しぶりに手に入れた安らぎを、手放したくないのも確かで。
もう少し、もう少しだけ。
そう思う日々だった。
私がしていることは、よくないことだって分かっていた。
彼を、本当に好きになることは、ないということも。
分かっていたけれど、引き返すことはできなかった。
時給のいいこのバイトを逃したら、私はもうやっていけない。
なぜか、そんなふうに自分を追い詰めてしまって―――
「ただいまー。」
「おう、おかえり新庄。」
「おかえり、莉子姉!」
当たり前のように私を迎えてくれる先生と歩。
それだけで、疲れた心がふっと安らぐ。
なんだかいつの間にか、本当の家族みたいに思っていた。
「今日はみっちゃんと何をしたの?」
「新庄、調子に乗って、」
「今日はね、小学校のグラウンドでね、みっちゃんとキャッチボールをしたよ!」
「そうー、よかったね!」
「みっちゃんね、すごいんだよ。僕、苦手だったのに、みっちゃんに教えてもらったら、遠くまで投げられるようになったんだよ!」
「そっか。すごいねー、歩。」
先生に、感謝の気持ちでいっぱいになる。
ずっと、家計を支えるので精一杯で、歩の相手をしてあげられなかった。
甘えたい盛りに、一体どれほどの寂しさを、その小さな胸の中に閉じ込めていただろう。
だから、先生が歩と関わってくれることが、本当に嬉しかった。
「新庄、」
先生は、急に立ち上がって私の背中を押した。
押されるままに、私は台所に連れていかれる。
歩は、ちょうど今始まったテレビアニメに、夢中になっていた。
「お前さ、」
先生は、さっきまでの笑顔を引っ込めて私を見ていた。
バイトがばれたのかと思って、怖くなる。
「ずっと黙ってた。だけど、」
「夕飯作るから先生はあっち行って!台所は男の人が入るところではありません!」
「何だよその、封建的な思想。」
「とにかく、心配しなくて大丈夫だから。」
先生は、渋々といった感じでリビングに戻って行った。
はあ。
私はため息をつく。
心配しなくて大丈夫、なんて言いながら。
私は先生に胸を張れるようなこと、何一つしてない。
本当は、先生に家族のことも話すべきなんだろう。
先生だって、もうとっくに気付いてると思うし。
歩を見てもらっているんだから、礼儀として話さなくてはいけない。
だけど、本当のことを話したら、先生はきっとすごく心配するだろう。
私は、成績やら授業態度やらを、苦しい家計のせいにしたくはなかった。
憐みの目で見られるのは、嫌だった。
それなら、誰にも話さない方が余程気楽だと思っていた。
いつも、明るく笑っていたかった。
涙をこぼす暇があったら、歩を立派に育ててあげたかった。
後ろを振り返るなんて、無意味だって思って。
だから、だから先生。
これ以上私に関わらないほうがいい。
私、どうしたって先生に甘えてしまう。
それでいて、誠実な態度を見せられる自信が無いんだ。
「今日は鍋だよ~!」
「わーい!」
「うまそうだな!」
だけど。
久しぶりに手に入れた安らぎを、手放したくないのも確かで。
もう少し、もう少しだけ。
そう思う日々だった。