先生がくれた「明日」
彼の家は、アパートの2階の一室だった。



「ごめん、全然用意してなくて。汚いけど。」



そう言う割に、部屋は整然としている。

むしろ、もう少し散らかっていた方が落ち着くのに。



「で、ホットミルク、作る?」


「うん!」



彼の隣に行って、じっと見る。



「お前、レシピ盗もうってわけじゃないだろうな。」



一瞬ドキッとする。

だけど、その気持ちを悟られないように、笑顔をつくる。



「見てても再現なんてできるはずないよ。私、料理苦手だし。」


「そう?きっと単純すぎて、え?って思うよ。」



彼は、牛乳を鍋に入れて、火にかけた。

私は、その様子をじっと見つめる。



「弱火であっためるんだ。沸騰させちゃだめだぞ。って、何で俺教えてんだよ。」



苦笑する彼。

いいの。

もっと教えて。

最後まで、教えて。



温まると現れる膜を取り除きながら、沸騰させないように弱火で、長い時間をかけてコトコトと温める。

次第に、牛乳は温まっていい香りがしてくる。


しばらくして彼は、バニラエッセンスを数滴加えた。

そして、小さじ一杯くらいの砂糖。

最後に、ハチミツを少量加える。


そこで火を消して、余熱で温めながらぐるぐると鍋をかき混ぜた。



「でーきた。」


「いい匂い……。」


「どうぞ。」



大きめのカップに注がれたその液体は、夢みたいに温かくて、いい香りがした。

一口飲むと、ああ、まさしくあの喫茶店の味。



「おいしー。」


「よかった。」



彼はにこっと笑う。

私は、夢中でホットミルクを飲んだ。

とっても美味しくて、それにレシピを知れた達成感もあって。

私は油断していたんだ―――
< 18 / 104 >

この作品をシェア

pagetop