先生がくれた「明日」
暖房のない我が家は、秋だけど夜は肌寒い。

だから、いつも私が使っている毛布を持ってきた。



「先生、これ掛けて。寒いから。」


「ばか。何で俺が掛けるんだ。大丈夫だよ、俺は。」



そう言って、逆に毛布を掛けてくれる先生。



「だけど、それじゃあ寒いって。」



強引に先生にも掛けると、ちょうど一枚の毛布の中に、二人で座っている形になった。



「なんだ、これ。」


「なんでしょう。」



くす、と笑うと、先生は安心したような目で私を見る。



「どこから話したらいいですか?先生、何が知りたいの?」


「何ていうか……やっぱり、親御さんのことだな。あんなに小さな子もいるのに、一体親はどうしてるんだ。」



私は、大きく息を吸った。

この話をするのは、先生が初めてだ。



「お父さんは、死んじゃった。ずっと前、私が生まれてすぐ。だから、私はお父さんの顔を覚えてないの。よくある話でしょ?」



さらっと告げると、先生は微妙な顔で視線をずらした。



「だけど、それじゃあお母さんは……。」


「お母さんは、その後再婚したの。その新しいお父さんとの間に生まれたのが歩。だけど、その後離婚して、私たちは捨てられた。それだけのこと。」


「おい、待てよ。それだけのこと、で済まされないだろ。捨てられたってどういうことだ?」



もうずっと前に、私の心の奥では片がついたことだけれど。

先生は、怒った顔で尋ねる。

そうだよね、それが普通の反応。

そんな気持ち、もうとうに忘れてしまったけれど―――



「お父さんは、元々子どもに興味がなかったの。それで、親権はお母さんにあるはずだったんだけど……。ある日、気付いたらいなくなってた。」


「は?」


「私が高校に入学したての春。お母さんのこと、探さないでね、っていうメモが、テーブルの上に置いてあったの。」


「……嘘だろ。」


「嘘じゃないよ。どうすることもできなくて、それでも、歩を高校まで出してあげようって思って。……私、必死に頑張った。バイトもした。だって、そうしないと生きていけなかったから。……校則違反、いっぱいしてるよ、私。」



畳みかけるように口にすると、何故だか急に涙が出そうになった。

誰にも言わず、たった一人で抱えてきたのに。

初めて誰かに打ち明けられた、安心感がそうさせるのかもしれなかった。

だけど、私は唇を噛んで、涙を流すまいとする。


怒るかと思っていた先生は、それを聞いて急にうつむいた。



「すまなかった……。俺、遊ぶために稼いでるのか、とか聞いたよな、確か。」


「聞いたね。」


「俺のせいで、せっかく見つけたバイトを失ったわけだ。」


「そうだね。」



先生のせい、って言うのは、少し違うけどね。

校則違反をしていることは、確かなんだから。



「ごめん、新庄。」


「何で?先生は悪くない。それよりほんとに……、歩のこと、感謝してます。」


「え?」


「歩、今まで私以外に甘えられる人がいなくて……。私には話してくれないことも、分かってあげられないこともたくさん。だから、先生が歩と遊んでくれて、ほんとによかったなって。」

「そんなこと、構わないよ。ただ……、」



急に、先生の表情が曇った。

私ははっとして、その言葉の続きを待っていた。



「ただ、俺はいつまでもいてやれるわけじゃないぞ。」

「分かってます。異動もあるし。そんなに先生に、迷惑かけられないもん。だけど、一時でもいいんです。歩、ほんとに嬉しそうだから。」


「そうか。」



先生は、いつものように私の髪に触れて、くしゃっと乱しかけて。

そして、やめた。

先生の気遣いが、今日の出来事を思い出させるようで、悲しかった―――
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