先生がくれた「明日」
裏通りで待っていると、先生の深い青の車が滑り込んでくる。



「乗れ。」


「うん。」



先生が扉を開けてくれて、私は助手席に乗り込んだ。



「どこの喫茶店?」


「……え、」



運転席の跡部先生は、正面を厳しい顔で見つめたまま言った。

どこに行くのかと思ったら、そういうことか。



「駅の、……反対側。」


「きっぱり辞めさせてやる。」



先生は、大きくハンドルを切って、駅の方に走り始めた。

その真剣な横顔は、まるで自分を責めているようにも見えた。



「ごめんね、先生。」


「何で謝る?」


「……迷惑かけて。」



先生は、前を向いたまま答えた。



「関わっちまったもんはしょうがないだろ?お前と歩が、向かいに住んでたのは運命だったんだ。変な気を使うな。こっちは大人なんだから。」


「そうだね。」



くす、と笑うと、涙がこぼれそうになって上を向いた。

久しぶりだ。

人に優しい言葉をもらうのも、人にすべてを話すのも、誰かをこんなに、信頼するのも―――



「ありがとね、先生。」


「いいの。……この辺?」


「うん。ここ、真っ直ぐ行って信号を右。」


「了解。」



先生がいれば、もう何も怖くないのに、って。

そんな思いが一瞬、胸をよぎった。
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