先生がくれた「明日」
それからしばらく、あの子のことは忘れようとした。

たまに、先生とあの子が話しているのを見かけたけれど、もうこの間みたいな気持ちにはならない。

先生が、はっきり言ってくれたからだろうか。

――”お前に”受かってほしい。

って。


そんなある日のこと。


休み時間が終わりそうで、とても急いでいた私は、階段を駆け上がっていた。

すると。

階段の上からふいに人が現れて。

お互いに思い切りぶつかってしまった。

私の持っていたファイルからプリントがこぼれて、何枚も階段に落ちる。



「ごめんなさい!」

「ごめんね!」



同時に口を開いて、ぶつかった人は慌ててしゃがむと、プリントを拾い集めた。

そして、私に渡してくれようとしたとき―――


その子のスカートが、ひらりと風に舞って。

私は見てしまったんだ。

白い太腿にくっきりと残る、無数の小さなやけどの痕。

それが、何を表すのかは明らかで。


はっと顔を上げたその子が、私の視線をたどる。



「佐倉さん……。」



思わずつぶやいた私を、彼女は驚いたように、目を丸くして見つめた。



「どうして?」



彼女が顔を上げるまで、気付いていなかった。

その子が、あの佐倉さんだなんて。



「佐倉、瑞紀さんだよね?……私、一組の新庄莉子。」


「莉子?」


「うん。」


「聞いたことある。」



そう言って、彼女は寂しそうに笑った。



「跡部先生が、よく話してくれるよ。」


「え?」


「やっぱり、あなたのことだったんだ。」



彼女はいつも、自信満々の顔で笑っているはずだった。

思わず羨ましくなるほど、屈託のない笑顔で。

先生を笑わせているはずだった。


それなのに、なんて寂しそうな顔をするんだろう―――



「ごめんね。」


「え?」


「私、邪魔だよね。」


「どうしてそんなこと言うの?」



彼女は、黙ってゆるゆると首を振る。

ポニーテールにした長い髪が揺れる。

細い首すじは真っ白で、何だか頼りなく見えた。
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