先生がくれた「明日」
そのまま、どうしてか彼女のことが気になってしまって。

気付いたら、二人で屋上を目指していた。

もう、とっくに5時間目の授業は始まっている。


あいにく、屋上は雨だったから。

階段を上りきったところの踊り場で、二人で並んで、壁に寄りかかった。


雨音しか聞こえなくて、とても静かだった。

さっき見てしまった光景が忘れられなくて、私は無口になる。



「莉子はいいなあ。」



ふいに彼女が言った。



「どうして?」


「だって、……莉子は愛されてるでしょ?」



心底羨ましい、という声で彼女は言う。



「私も、愛されたい。」



あまりにも切実なその願いに、きゅっと胸が苦しくなった。


ふと、彼女のよくない噂が胸をよぎる。

何人も何人も、男の人と付き合っては別れ、を繰り返しているという噂。


だけど、そんな彼女の気持ちが、今なら分かるような気がした。


私には、両親がいないけれど。

でも、私を愛して頼ってくれる歩がいる。

先生が、いる。


彼女には両親がいても、そこにきっと、愛はないんだ。

それどころか、あんなひどい仕打ちまで。


だから、ずっと探しているんだね。

心の底から、自分を愛してくれる誰かを。

人の温もりを、求め続けている―――



「私ね、今バイトしてるんだ。……居酒屋なんだけど。」


「……うん。」


「この間、そこに跡部先生が来たの。それで、やめろって言われて……咄嗟に私、嘘、ついちゃったんだ。」


「嘘?」


「私、……私、お父さんいないの、って。……だから、家計を支えるために働いてるんだって、そう言っちゃったの。」



彼女の声が震えていた。

もうさすがに気付いていたけれど、彼女は軽い気持ちで、嘘をついたわけではなかったんだ。



「私、跡部先生に、すごく悪いことしたって思って……。それから私のこと、よく気遣ってくれて。毎週、お店にお客さんとして来てくれて……。嬉しかったの。私、初めて私の存在を認めてもらえた気がして……。だけど、段々、苦しくなって、」



彼女の目から、ぽろりと涙がこぼれた。



「先生に優しくしてもらう度に、罪悪感が大きくなるの。騙してるのにって、苦しくて、仕方がなくて……。」



こんなに素直な彼女が、どうして悲しまなくてはならないのだろう。

愛されることもなく、周囲の人にも誤解されたまま、愛を求めて必死に生きている。

この子が、一体どんな悪いことをしたというのか。



「先生に話してみたら?」


「……え?」


「バイトをしてる、本当の理由を先生に話したら、きっと楽になるよ。それに……、先生は、そんなことで怒ったりしないよ。」



前に、私がすべてを打ち明けた夜、怒らずに聴いてくれた先生だから―――



「莉子が、一緒に行ってくれるなら。」


「いいよ。」



そう答えると、彼女は安心したように、儚げな笑みを浮かべた。
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