先生がくれた「明日」
先生の車に乗るのも、もう数えきれないくらいだ。

そんなに目新しいこともない。

だけど、今日の先生は、いつもとちょっと違う気がして。

私は、言葉少なに助手席に乗り込んだ。


先生は、なかなか車を発進させようとはせず、何かを言い淀んでいるように見えた。



「……なあ、莉子。」


「……ん?」


「お前、お前は……」



先生は、随分言いにくそうに口を開いた。



「なに?」


「お前は、俺のこと……好きになんかなるなよ。」


「へ?」


「分かってると思うが、俺は教師で、お前は生徒だ。」


「うん。」


「だから、その……いや、違う。」



先生は、何が言いたいの?

告白したわけでもないのに、先手を打つなんて。

先生らしくないよ。

そんなの、卑怯だよ。



「違うんだ。そういうことじゃない。」


「……何が言いたいの、先生。」


「そんなことは、どうでもよくて。ただ……お前の幸せのために―――」


「私の、幸せ?」


「ああ。……もしも、もしも仮に……俺を好きになんてなっても、だめなんだ。俺には、お前を満たしてやることなんて。」


「ねえ、先生。何でそんなこと言うの?おかしいよ。」


「莉子……。」



何だか腹が立ってきた。

先生、何が言いたいの?



「私、まだ何も言ってないんだけど。先生のこと好きになったなんて、言ってないよ!それに……私の幸せのため?そんなの、先生が決めることじゃない!」


「莉子、それは……、」


「どうして、先生に私の幸せが決められるの?私を満たしてやれないって言うけど、私がどうしたら満たされるか、先生分かってるの?」


「莉子、すまない、」


「先生のばか!私、もうとっくに幸せなのに。……ばか。ばかっ!!」



どうしてこんなに、悲しいの?

先生、教えてよ。

どうしてこんなに、胸が痛いの?



「莉子、」



ばか、と詰り続けていた私の目に。

先生の目からあふれた、一滴の涙が映った。

はっと、口を噤む。


私が前からずっと、気になっていたこと。

先生がたまに見せる、切ない表情。


何だか分からない。

得体の知れない恐怖に襲われる。

すべてが曖昧なまま、悪い方向に連鎖していくような気がした。



「先生……何を隠してるの。」


「言えないんだ。莉子……」



ふと見ると、先生の頬からは、一滴の涙は跡形もなく消えていて。



「ほら、着いたぞ。」



いつもと同じ口調で、先生は言った。

それが、余計に切なかった―――
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