先生がくれた「明日」
あの日のこと、私は一生忘れないよ―――


気怠い空気の先生の部屋。

カーテンが閉まっている、その薄暗い部屋で。

先生と私は―――


静かにベッドに横たわっていた。


先生は、泣いていたね。

私も、泣いていた。



「なあ、莉子。」


「……ん?」



掠れた声の先生が、私の髪を、優しく優しく撫でて。



「ごめん、なあ……。」



涙を含んだ声が、あまりにも切なくて。

その弱々しさに、涙がこぼれて止まらなかった。



「俺、ずっと後悔する。お前を抱いたこと、」


「言わないで、先生。」



苦しいよ、先生。

ごめんねはこっちだよ。

自分の寂しさを埋めるために、わざと先生を誘った。

それは先生にとって、つらいことだと分かっていたくせに。



「でもお前……、」



何かを言いかけて口を噤んだ先生。

私は、首を傾げながら、先生の髪に触れる。

しなやかな髪が、冷たかった。



「俺のこと、覚えててくれるか?」


「え?」


「忘れないでいてくれるか……?」



先生の質問の意味は分からなかったけれど。

私は、しっかりと頷いた。



「覚えてるよ、先生のこと。これから先も、ずっと、ずっと……覚えてるよ。」



先生の手を手繰り寄せて、ぎゅっと握った。

先生も、握り返す。



「ありがとなあ、莉子……。ごめんなあ……。」



先生の目から次がら次へと溢れる涙を、私はぼんやりと見つめていた。

先生の抱えているものが、怖かった。


今は、何も聞きたくない。

何も聞かなくていい。


ただ、先生が隣にいてくれれば、それで。

歩がいなくなった寂しさも、未来のことも、すべて忘れていられる―――



「先生、大丈夫だよ。」



いつの間にか、慰められていた私の方が、先生を慰めていた。

あの夜に、先生がしてくれたみたいに。

先生の背中を軽くたたきながら、大丈夫、って繰り返して―――
< 55 / 104 >

この作品をシェア

pagetop