先生がくれた「明日」
6月の下旬。

地方初級試験の第一次試験の日。


私は、試験会場に向かっていた。

先生の運転する車で。



「頑張れよ、莉子。」


「うん。大丈夫。先生が教えてくれたもん。」



そう言って頷いた。

試験会場まで、もう少しだったその時。



「あ、」



先生が微かな声を漏らして、車が一瞬蛇行した。



「先生?」


「あ、いや。何でもない。」



先生はすぐに前を向いて、ハンドルをしっかりと握った。



「大丈夫?疲れてるの?」


「いや。そうじゃないんだ。」



試験会場の駐車場に、車を滑り込ませる。



「ほら、頑張ってこい!送ってやれないけど、ごめんな。」


「先生、ありがとう。頑張るね!」


「ああ。」



そんな言葉を交わして、私は試験会場に向かって歩き出した。

でも、何かが気になって。

ふっと振り返ったんだ。



「先生―――――」



息を呑んだ。

車の運転席で、うずくまるようにして頭を抱える先生を見付けたから。



「先生!先生っっ!!!」



走って駆け寄ると、先生はほんの少し目を開いて、怒ったように言った。



「ばか。戻って来るな!行け!」


「そんなことっ!先生、大丈夫?」


「ただの頭痛だ。そんなことより、お前は早く行け!」


「ほんとに、大丈夫?」


「ああ。大丈夫だ。」



先生の様子を見ていたら、その言葉はちっとも信じられなかった。

だけど、先生はあまりにも必死だった。

必死に、私を送り出そうとした。


もしかして、運転中も具合が悪かったのかもしれない。

先生が、心配で心配でたまらなかった。

今すぐにでも、試験なんて投げ出して、先生のそばにいたいくらい。

だけど、これまでずっと、ずっと私の面倒を見てくれた先生の好意を、無駄にすることはできない―――



「行ってくるね。絶対、受かるから。」



そう言葉を掛けると、私は何度も振り返りながら走った。

絶対、絶対。

先生のためにも負けるわけにはいかないと、そう決意しながら。
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