先生がくれた「明日」
「私はちっともそういうのないよ。」


「ちっともない?そんなわけあるか!」


「ほんとだよ。中学の頃までは家の中のことで頭がいっぱいだったし。高校生になってからは、歩のことでいっぱいいっぱい。告白されても、付き合うなんてありえなかったもん。」


「そうか……。」


「だから、初恋の人は……何でもない。」



ついでに告白しそうになってしまった。

あんなに好きになるなと念押しされたのに。


聞こえていたはずなのに、先生はそれ以上聞き返さなかった。

分かっている。

触れちゃいけないんだって。

この旅の間は、何もかも忘れるって。

ずっと笑顔だけを見せるって、約束したんだから―――



「ほら、私の話はつまんないから、先生の話もっと聴きたい!」


「あ?他になんかあるかなー。」


「家族の話とか!」


「あ、姉ちゃんの話するか。」


「お姉さん?聴きたい!」



私が、和菓子屋さんでいつもお世話になっている先生のお姉さん。

とっても優しくて、気さくで。

私の大好きなお姉さんだ。



「あの姉ちゃんは、反抗期がひどかったんだ。」


「えっ?」


「想像つかないだろ?……それはもう、ひどかった!」


「どんなふうに?」


「壁に穴を開けたんだ。それで、俺と姉ちゃんの部屋の間にトンネルができた。」


「え、ええーっ!!!」



とてもそんな、アグレッシブな様子には見えない……。



「怖いだろ?それだけじゃなくて、キレると手が付けられなくなって。ほんっとに恐ろしい姉ちゃんだった。」


「先生は?」


「俺?俺はそんな姉ちゃんを見てたから、反抗期なんてほとんどなかったぞ。ってか、俺は姉ちゃんとは逆で、イライラは自分の内側に押し込めるタイプだったからな。」


「とてもそうは見えないんですけどー。」


「はっ?お前、俺に向かって何を言ってるんだ!」


「ほら、すぐかっとなるしー。」


「教師をバカにして!」



そんないい合いが楽しくて、楽しくて仕方がない。

このドライブが、永遠に続けばいいのにって願った。



「よーし、高速降りるぞ。」


「え!もうすぐなの?」


「んー、まだもうちょっとかな。」



先生は、楽しそうに笑った。

先生の屈託のない笑顔を見たのは、久しぶり。

それだけでも、一緒に遠出してきた意味があったような気がした。
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