先生がくれた「明日」
「さて、そろそろ着くよ。」


「やっと?」


「ああ。」



先生が、細い路地を入って行って。

しばらくして、砂利の敷いてある駐車場に滑り込んだ。



「到着。お疲れ。」


「ここは?」


「民宿。とりあえず昼ごはんにしよう。」



先生の後について、その民宿に入る。



「いらっしゃい!ああ、みっちゃん!久しぶり!」


「おう!」


「まあ、随分若い奥さんじゃない?」


「まあな。」


「みっちゃんやるう!」



先生は笑いながら、そのお姉さんの後に着いていく。

私も、慌ててその後を追った。

先生と同じ年くらいの、綺麗な人だ。



「こちらです。すぐごはんを準備するから、それまでくつろいでて!」



愛想のよいその人は、私にも笑みをこぼして、去って行った。



「知り合いなんだ。すまんな、ちょっと騒々しいけど。」


「ううん。綺麗な人だね。」



先生は、小さく笑って窓を開けた。

窓の向こうには、海が広がっている。

波の音がする。

海の匂いも。

私には、馴染みのないものばかり。



「海、きれい。」


「前にも見たことあるんだろ?」


「ちょっとだけだよ。小学生の頃、修学旅行で鎌倉に行ってね。橋を渡った時に、ちょっと見えただけ。」


「なんだ、それだけか。」


「うん。……クラスの子が家族で海に行った、っていう話を聴く度に、羨ましく思ってた。」


「そうか。」



それからは、先生と並んで、ずっと無言で海を見ていた。

寄せては返す波が、キラキラ光っていて。

いつまで眺めていても、飽きることはない。


どれくらいの時間が過ぎただろう。

長かったようにも、それほど長い時間ではなかったようにも感じられた。



「お邪魔します。お昼をお持ちしましたよ。」


「ありがとう。」



机に、お昼ごはんが並べられていく。



「おお、海鮮丼か!」


「やっぱりこれが、一番喜ばれるからね。どうぞ、おあがりになって。」



先生と顔を見合わせて笑う。

なんておいしそうなんだろう。

内陸県では見たこともないよ。


どんぶりの上には、所狭しと海鮮が載っている。

鮮やかで、眩しくて。

まるで、さっきまで見ていた海みたいだと思った。



「では、ごゆっくり。」



お姉さんが去って行くと、先生と向かいに座る。



「じゃあ、いただこうか。」


「うん!」



海鮮丼って、どうやって食べたらいいんだっけ?

しょうゆをかけるの?

それとも、一切れずつお皿のしょうゆにつけて食べるんだろうか。

どうやったら、ごはんが見えてくるのかな……。


食べ方が分からなくて、先生の手元をじっと見つめていたら。



「なんだ。遠慮しなくていいんだぞ。」


「あ、うん。」



先生は、お皿にしょうゆをあけて、そこにつけながら食べている。

私も、真似してマグロを一切れ箸ですくった。



「おいしい!」


「だろ?海のそばは、やっぱり海鮮が一番だからな。」


「ほんとにおいしい!」



感動が止まらない。

こんなにおいしいマグロ、冗談抜きで食べたことがない。

弾力があって、冷凍もののマグロとは大違いだ。



「すっごいおいしい!」


「よかった。」



先生は、嬉しそうに目を細めて笑った。
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