先生がくれた「明日」
「じゃあ、ちょっと出かけようか。」


「うん。」



尻尾を振りながらついていく犬みたいに、私は先生を追いかける。

いつもより足取りの軽い先生も、なんだかはしゃいでいるみたいだ。



「よーし、ちょっと散歩しような。」


「うん!」



民宿を出て、先生と一緒に海を目指した。

道の途中にある階段を降りていくと、そのまま砂浜になる。



「お前、その靴だと砂が入って歩けなくなるぞ。」


「あ、そうだね。」



先生は、階段の途中に腰掛けて、靴と靴下を脱ぎ始める。

私も慌てて座り込むと、先生の真似をした。



「慣れると気持ちがいいぞ。はだしで海岸を歩くのも。」


「砂浜を歩くのなんて、初めて!」


「そうか、初めてか。……あ、でもたまにガラスとか貝殻で切るかもしれないから、足元には気をつけろ。」


「うん。」



そうっと、砂浜に一歩を沈める。

注意したつもりなのに、ずぶずぶと足が砂の中にはまってしまう。



「おい、大丈夫か。」


「あれれ、」


「ばか、」



バランスを取れなくなった私を、先生がすっと引き寄せて。

私は、先生の胸に体を預けた。



「こけんなよ。」



ドキドキとうるさい胸の音は、波の音にかき消されて。

多分、先生には聞こえない。



「大丈夫だよ。」



先生から離れて、勢いをつけて走り出す。

あ、楽しい。

足が砂浜から離れる感触が、何とも言えず気持ちいい。



「おい、調子に乗るなよ!」



波打ち際までパタパタと走って行った私に、先生は遅れて追いついた。



「ばかだなあ。そんなにはしゃいで、ガキみたい。」


「何だっていいよ。先生も、全部忘れるって言ったじゃん!」



そうだよ。

全部忘れるんだよ。

今日だけは、普通の女の子でいいんだ。

何も知らない女の子で。

一人の男の人に恋をする無邪気な女の子でいいんだよね―――



「そうだったな!」



波音に負けないように、先生も私も声を張り上げて。

波打ち際で、波を待っていた。



「わああ!」



大きな波がやってきて、私の足元を濡らす。

楽しくなって、もっと深いところまで行ってみる。



「おい、びしょびしょになるぞ!」


「いいのっ!」



ザブーン、と大波が来て、私は洋服まで濡らしてしまう。

でも、寒くない。

すっごく、楽しい。



「先生もこっちに来なよ!」


「やーだ!」


「来い!」


「濡れたくないんだっ!」



そんな先生に、足元の海水を両手ですくって、思い切り浴びせかける。



「おいっ!やめろっ!」


「先生だけずるい!」


「分かった!分かったから!」



先生は笑いながら、私のいるところまで走ってきた。



「ほら莉子、これ何の海藻か知ってるか?」


「なにこれ?」


「お前知らないで食べてんの?これヒジキ。」


「えーっ!これが?」


「お前が食べる頃には乾燥させてあるから黒いの!」


「へーっ!」



答えると同時に、一番大きな波が来て。

結局、先生も私も、全身びしょ濡れになってしまった。

それでも、二人でずっと、笑っていたね―――
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