先生がくれた「明日」
手持ち花火のセットには、小さなろうそくがついていた。

下の方を砂に埋めて、先生がライターで火をつける。


私は、その明かりで花火セットから線香花火だけを取り出した。



「ほんとに、これだけ?」


「ああ。あとは歩に取っておいてやれ。」


「先生もだよ。」



そう言ったのに、先生は薄く微笑むだけだった。



線香花火を取り出して、先生に渡す。

私も一本手に取った。



「いいか?できるだけ長く燃やすんだぞ。」


「競争?」


「そうだ。競争だ。」



せーの、という合図で、同時に火をつけた。


最初は、ジリジリと音を立てながら、火の玉がだんだん大きくなっていく。

そして、次第に松葉のような火がはじけて、お互いの顔を照らした。


私の方が先に、火は段々弱まって。

小さな糸のような火が、シュッシュッ、と出続ける。


先生の方は、大きな火のままだったけれど、私よりも先に、ぽとり、と落ちた。

私の方は、小さな球になってもなかなか落ちなくて。

そのまま、小さくなって消滅した。



喜べなかった。

競争だったのに、ちっとも喜べなかった。



「なあ、莉子。」


「……ん?」


「線香花火って、人生みたいだよなあ。」


「先生……。」



真っ暗になった海を見つめながら、先生は言った。

微かなろうそくの明かりだけが、先生の横顔を照らしていた。

真っ直ぐな瞳は、私の知らない何かをじっと見つめている。



「先生、」


「ん?」


「私……、先生のこと、……好きだよ。」



震える声で言った。


先生の返事なんて、どうでもよかった。



ただ。



消えてしまいそうな先生に、好きだよって伝えたかった。

だからいなくならないでって、言いたかったんだ。

一人に、ならないでって―――



「うん。」



先生は、頷いただけで何も言わなかった。

そうせざるを得ない先生が、何より悲しかった。



先生は、隣の私を引き寄せて、胸に抱いた。

そっとそっと、抱き寄せた。



目を閉じると、波の音と先生の鼓動が一体になって聞こえる。

このまま、波が近付いて。

私と先生を呑みこんでしまったらいい。

若き日の先生が、望んだ死に方で。

二人で波間に消えていきたい。

このまま、このまま―――



何も言わない先生と、ろうそくの火が完全に消えてしまっても、ずっと。

真っ暗な波打ち際で、ふたりきり、抱き合っていた。
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