BAR FINE
この寒い中、何時間待ってたんだろう?

流石にそんなに暇じゃないか、売れっこだし。

でも、なんで?
私なんて可愛くもないし、話したことも数えるほどしかないのに。



大通りに出て、タクシーを止める。

「また、押上駅でいいの?」

「はい、今日も自転車なんで。」

私がそう答えると、お互い無言になる。



「多分、さっき言ったことも信じてくれてないと思うけど、芸能人て遊んでるとか言われてるし…
でも俺はそんなこと絶対にしないし、
ホントは、由乃ちゃんと会ったのあの日が初めてじゃないんだ。」

「え?だって…有名だし、その前に会ってればわかるし…」

「俺、2年前に東京に上京してきたんだ。この仕事をしたくて。それまではフリーターだったんだけど。でも東京に来たからってすぐ売れるわけもなく、芸能関係の人って偉そうな感じの人もいるし、売れてる人には優しくて売れてないやつには態度変える人だっている。実際は田舎とそんな変わらないのに東京ってこんな怖いところなんだって思ってくじけそうだった。でもそんなとき、渋谷の雑踏の中でケータイを落とした俺に、笑顔ではい、大丈夫ですか?ってケータイを差し出してくれた子がいたんだ。その瞬間俺、うるっときちゃったんだけど、そんな顔女の子に見せられないし恥ずかしいから大丈夫です!って言って急いで立ち去っちゃったんだ。その後すごく後悔した。でもそれと同時に東京が悪いんじゃなくて自分の考え方なんじゃないかなって思ったんだ。東京だってあんなに心から親切心で笑える子だっているんだから。この世界でだって頑張れば成功できるかもしれないって、そう考えなきゃ始まらないって。」
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