過ちの契る向こうに咲く花は
 しかしふと気づく。伊堂寺さんがここにいる、ということは私になにがあったか知っているのだろうか。私はもちろん連絡していないし、ボスにも細かい理由は伝えてないと聞いた。
 すこし前を歩く伊堂寺さんの様子をうかがう。が、もちろん何も察することはできない。怒っている、といえばそう見えるし、考えごとをしている、といえばそう見える。
 話がしたい、とこのタイミングでわざわざ出迎えにくるならば、今日あったことについてだろう。と私は深く考えもせずに思っていたが違ったりするのだろうか。

 信号で立ち止まる。会話はない。季節外れの熱い日差しがビルを照らし、その光がこちらに反射してくる。伊堂寺さんはそれにすら顔を歪めない。たいして眩しくて目をそらした私の視界に入ってくる、うちの親会社が経営する店の看板。

 ああ、そうか。親子なんだからその繋がりでなにか聞いているのかもしれない。仲が良いのか悪いのかは知らないけれど、なにかしら通達があってもおかしくない。
 じゃあいったい、どんな話を聞いてるんだろうな、と思いながら歩いているうちにファミレスへと到着した。

 通されたのは窓際の端のボックス席だった。店内は七割がた埋まっている。小さい子どもを連れたお母さんたち、制服の集団、参考書をにらめっこしている学生。いろんなひとがいて、どれも別世界で、それらがかみ合わなくてざわついている感じ。
 私たちからひとつ空いて隣の席には、楽しそうなカップルが座っていた。テーブルには注文した品と旅行会社のパンフレットが見える。

「伊堂寺さんとファミレス、って似合いませんね」
 互いにコーヒーだけを注文してから、なにげなしに言う。
「そうか。たまに利用するんだが」
「そうなんですか。どちらかというと、コース料理のお店とかバーとかにいるイメージです」
「そういった場所に行くこともあるが、別段どこでも気にしない。一緒に行く相手に合わせるし、ひとりでファストフードもカフェも利用する」
「意外ですね」

 すぐさま運ばれてきたコーヒーに口をつける。苦い。しかし最近はどこでも割としっかりしたコーヒーを飲めるようになったんだな、とどうでもいいことを考える。
 伊堂寺さんはなにを考えているかわからない。コーヒーを飲んでもやっぱり表情は変わらない。

「一緒に住んでても」
 カップルの持つパンフレットに見えるハネムーンの文字。
「なんにも知らないものですね」
 ピンポーン、と響く、呼び出しベルの音。

 どうしてか頬の筋肉がゆるんだ。まるで悪意だけをこめたかのような微笑みが出てしまう。
「でも伊堂寺さんは知ってましたか、私のこと」
 私ってこういうことできるのか、とちょっと驚くぐらい、スムーズにことばも出た。
 
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