過ちの契る向こうに咲く花は
「僕ら世代からしたら、いい嫁さんになるだろうなと、歓迎したくなるタイプだよ」
 そのことばに、角田さんが同調する。
「確かに野崎はちょっとしたとこができてるからな。今の二十代にしてはめずらしいなって思ったことが何度かある」
 続いたことばに、思わず顔が熱くなってきてしまった。アルコールのせいだと思い、ちょうど料理を届けてくれた店員さんに烏龍茶を頼む。
「あ、野崎が動揺してる」
「違いますよ。ボスも角田さんもからかわないでください」
「褒められてるんだから、素直に喜んどけばいい」
「黛さんまで。もう、今日は歓迎会なんですから、主役は伊堂寺さんでしょう」
 私がそう言ってみなの視線を伊堂寺さんに戻してやると、彼はまるで考えごとをしているかのようにほんのすこし視線を外していた。
 だたそれも、すぐに穏やかな微笑みに戻る。

「だから伊堂寺さんも、きっと野崎を連れていても恥ずかしくないと思うけどな。こいつ、マナーとかことば使いとかしっかりしてますよ」
 まだ親会社の子息ということに遠慮してるのか、中途半端な口調で水原さんが話題を引っ張った。
「きっと、お母さまの躾が良かったのでしょうね」
 伊堂寺さんもそれには調子を合わせて微笑んでくれた。

 さらに顔が熱くなる。だけどこれは、褒められたのが私だからじゃない。
 母親のことをそう言ってもらえることが、うれしかったんだ。
 だって、私の母は未婚でシングルマザーってやつで。けして良い目では見られてこなかった。そもそも私を生むまで夜の仕事をしていた。夜の仕事といっても、ホステスなどではなく、小さなバーで歌をうたっていたりしたらしいのだけれど、世間からの評価はたいして違わなかった。
 そんな母を知らないからだろうけれど。それでもプラスの面で母を言ってくれるとうれしい。

「野崎、耳まで赤い」
 黛さんの声に我に帰った。からかわないでください、そう言って笑っておく。
 どんな理由であれ、恥ずかしいのもうれしいのも事実だ。
 そしてそれは久しぶりに味わった感覚に近い。仕事で評価されることはあったけれど、努力が認められた結果と、自分自身のことではほんのすこしちがって感じられた。

 思わぬくすぐったさにこっそり笑っていると、伊堂寺さんとまた目があった。他のひとたちは、ボスが気を効かせて出してくれた話題に盛り上がっている。
 伊堂寺さんはそれらに相槌を打ちながらも、こちらを見ていた。
 その瞳がどことなく怖く感じてしまうのは、きっと初対面のときと同じ目をしているからかもしれない。
 
< 64 / 120 >

この作品をシェア

pagetop