過ちの契る向こうに咲く花は
「で、今度はなにがあった」
 怖い顔の伊堂寺さんに見下ろされる会議室。いつぞやのことを思い出す。

 野崎すみれさん曰く頼みたい仕事があるとのことだったのに、私は机に戻ることなくここへと連れてこられた。伊堂寺さんの手に仕事の書類らしきものはない。
 誰もいない会議室は節電のためにエアコンの電源が入っていない上に閉め切っていたせいか、少々蒸し暑く感じた。

「いえ、特になにも。というより頼みたい仕事って」
 たぶん長く席を離れた理由を問うているのだろう。だがいくら睨みつけられるように問い詰められたからといって、馬鹿正直に話すことでもない。話したところでどうにもならない自分の問題なのだから。
 前は軽く話せたけれど、今回はなんかさらにややこしいことになっている気がするし。

「あれはただの口実だ」
「よりによって野崎すみれさんに」
「あいつ意外に女性社員を知らんのでな」
 そうだとしても私を呼ぶのに彼女を使える伊堂寺さんはやっぱりどこかひととずれていると思う。本人がそれをなんとも思っていないようだから、周りのひとはさぞや大変な思いをしてきただろう。

「噂話など気にするな」
 俯いた私を答える気なし、と判断したのだろうか。
 伊堂寺さんはそう言い切った。

「なにか御存じでしたか」
「狭い会社だ、すぐに耳に入るだろう」
「不名誉には思われませんか」
「事実は自分がきちんと知っている。ああいうのは一時しのぎの暇つぶしに過ぎん」
 このひとって、一体なにがあったら動じるんだろうな、と変なところで関心してしまう。大概のひとは自分についての変な噂があったら、多少なりともへこむし気にするだろう。
 笑い飛ばせるぐらい、強くなりたいものだけど。

 でもたぶん、私が一番気にしてるのはそこじゃない。
「それぐらいわかっている、という顔だな」
 憮然としてしまっていたのか、つっこまれた。
「ならばまた、見た目のことでも言われたか」
 それはそう、なのだけれど。

 というかなぜ私はここにいるのだろうか。
 これが恋人や気の知れた友人ならわかる。心配されたりどうしたと聞かれたり。それならば私も相談したかもしれないし、愚痴もこぼしたかもしれない。
 だけど今目の前にいる伊堂寺さんは、そういうひとではないのだ。じゃあ何、と聞かれると雇用主、というのが一番近いだろうか。
 同じ屋根の下に暮らして同じ釜の飯を食ってるとはいえ、深い関係ではない。残念ながら。
 そしてたぶんそれはこのまま続くだろうし、そのほうが最終的にも良いだろう。
 
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