過ちの契る向こうに咲く花は
「目立ちたくないっていう気持ちがあるのも否定しない。それは、なんとなく葵ちゃん見てたらわかるから」
 私もはやく食べ終わらなきゃ、と思ったものの予想以上に進みそうになかった。なんとかスープで押し込んで食事を続ける。
「わかる、ものですか」
「なんとなーくだけどね。服装とか話し方とか、他のひとに対する態度とか見てたら、おどおどするのとは違った、かなりマイナスな控え目感があるかなって」
 マイナスな控え目感。しかもかなりの。そう言われるとなんだかとても後ろ暗い感じがしてしまう。

「で、ほんとうはなにが嫌だった? というかなにか言われちゃった?」
 今度は素直にため息が出る。
 今回のことに巻き込まれたときから、自分の思い通りにはいかないことばかりになってしまったのかもしれない。
「たいしたことじゃないですよ」
 それでも、まだ口にするのに躊躇う気持ちがあって、前置きをしてしまう。
「ことの大きさは関係ないよ。葵ちゃんにとって、重要かそうでないか、でしょう」
 伊堂寺さんもこれぐらい口が達者だったらいいのに、と思わずにはいられない。

 一分ほど迷ってしまった。正確にはこころの中で繰り返していた。なんと言ったらいいのか、言ってしまっていいのか。
 下手なプライド。あのことばも蘇る。これを口にしたら自分のプライドを宣言するようなものではないだろうか。嫌味なやつにならないだろうか。
 店員がコーヒーを持ってきた。とても良い香りが、私の呼吸を整えてくれる。

「女としての、努力を放棄してるようなひとに」
 なにも言わずに待っていてくれた鳴海さんの目を見て、そう口にする。
 声にした途端、一気に力が抜けてしまった。あらゆる筋肉が緩んだんじゃないかと思うぐらい、どっと疲れも押し寄せる。
「そう、女子社員に言われちゃいました」
 なんとか言いきって、残りのパスタを口の中へと押し込んだ。

 鳴海さんは笑わなかった。
 悲しい顔や同情の意思も見せなかった。
 いつものように穏やかな顔で、頷いてくれた。
「なるほど。じゃあ引っかかってるのはどっちだろう」
 パスタを飲み込んで、どっち? と聞き返す。
「不細工って言われたのと、努力放棄って言われたの」
 はっきりと返ってきたことに、さらに身体の力が抜けた。
 
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