過ちの契る向こうに咲く花は
「野崎!」
 話を終えて、言われた駅へと戻ったときにはもう二時間が過ぎていた。中央口の真ん中できょろきょろとしていた水原さんが私を見つけてくれて走ってくる。
「すいません、水原さん、勝手に……」
「大丈夫だったか、なんか変なこと言われたりされてないか、てかすまなかった俺がちゃんと」
 しかしその様子が若干おかしい。いや私の頭の中も正常じゃないけれど、別に誘拐されたわけでもなく、娘でもないのに、水原さんはまくしたてるように心配した旨と謝罪を口にする。くわえてその額には汗がびっしりと浮かんでいた。

「あ、あの、大丈夫です」
 全然大丈夫じゃなかったけれど、とりあえずそう言っておくべしだと思った。この年にもなってこんなにひとに心配されることもそうないだろうと冷静に考えている自分もいた。
「本当か?」
「ええ、はい。大丈夫です」
 具体的にどう大丈夫とかはもちろん言えなかった。それでもしばらくそのやり取りを交わす。

 五分ぐらい経って、ようやく水原さんが安心したかのように息を吐いた。
「心配し過ぎですよ。確かに親会社……というか伊堂寺さんのお父上という点でとても緊張しましたけれど」
 まだ頭の中で聞いた話はぐるぐるしている。でもそれは水原さんに話せないことだし、よしんば話したところで困らせるだけのことだ。かと言って嘘をつけるようなものでもない。だからなるべくあたりさわりのないところだけ口にする。

「まさかこんなところで会うなんてなあ……油断してた」
「油断?」
「あ、いやこっちの話」
 こっち、ってなんだろう。そうは思ったものの、深くつっこむとこちらもボロを出すかもしれないので聞き流すことにした。
 水原さんは携帯を気にしつつも、私に向き直り、まるで空気を変えるかのように笑った。

「よし、大体やることは済んでたし、今日は帰るか」
「え、いいんですか、まだ帰りの新幹線までには時間が」
「だいじょぶだいじょぶ。切符は変更してさ、早めに帰ってゆっくりしよう」
 それはとてもありがたい提案だった。正直今は仕事なんか手に着かないだろうし、よけいなことを考えず眠ってしまいたかった。
 普段は出張、なんて行ったら帰りは飲んでいこうぜーなんてノリなのに、なんだか随分気をつかってくれる。
 
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