あなたのためのリップグロス


「俺の彼女に、なんか用でも?」


 振り替える間もなく、目の前からした拓の声にあたしは驚いた。


「い、いえ、人違いでした……」


 焦ったような声は、あたしの真後ろから聞こえて、そのまま走り去る足音が後に続く。


 あたしってば、考え事をしすぎて拓の声と勘違いしたみたい。


「それで……優奈は、何を驚いてんの?」


 いつもと違う低い声に、あたしは顔を上げられずに俯いたまま言った。


「えっと、さっきの女の人と長くなると思ったから」


「なに言ってんだよ」


 吐き捨てるような言い方に、あたしは顔を上げて拓の顔を見た。


 すると、あたしの顔を見た拓は、はっとした顔をした。


 ああ、失敗したのかも。


 あたしは、また自分のネガティブワールドに入り込んだ。


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