遅咲きプリンセス。
◇キケンな香りのモテ男
次の日から私は、諸見里さんの指令通り、いつもの服装に、試作品のリップグロスだけは必ず塗り、出社することとなった。
普段、唇にはリップクリームしか塗ったことのない私は、グロス特有のねっとりとした付け心地になかなか慣れず、何度となく上下の唇をこすり合わせては、すごい違和感……と、心の中で大きなため息をつき、仕事をこなす。
諸見里さん曰く『すぐに慣れるわよ』ということだったけれど、その“すぐ”は、今のところ、私に訪れてくれる気配はないらしい。
けれど。
「あっ……すみませんっ」
「いいよ、いいよ。俺がこっち側を歩いてたのがいけなかったんだから。書類、バラバラなっちゃったね。ごめん、拾うの手伝わせて」
「……、……はあ、ありがとうございます」
と。
昨日と同じ廊下の曲がり角で男性社員と、今度はよけきれずにぶつかってしまい、持っていた書類を床に散乱させてしまうと、彼は物腰柔らかくそう言い、本当に書類を拾ってくれた。
驚きだ。
しかも、ニコニコと笑いながら「どうぞ」と手渡してくれた書類を受け取ったときに見えた彼の顔は、昨日、私のことを散々、幽霊だと笑っていた彼だったのだから、さらに驚きだ。