遅咲きプリンセス。
 
「あ。手が滑ったー」


その声でそちらに目を向けると、コーヒーの紙コップを逆さまに持った菅野君が、底冷えのするような冷めた目で転げ回る藤原さんを眺めていて、そこでようやく、また菅野君に助けてもらったんだ……と、私は合点がいった。

そんな中、藤原さんは、顔を真っ赤にし、涙をちょちょ切らせ、へっぴり腰で吠える。


「覚えてやがれっ!!」


しかしそれは、どうフォローしようにも負け犬の遠吠えにしか聞こえず、「あーあ、コーヒーが無駄になっちまった」とため息をつく菅野君と目を合わせると、なんだかおかしくなってきてしまって、クスリと笑ってしまった。

菅野君も今日は残業で、また新たな別件の急ぎの仕事をしている最中だったのだけれど、ちょうど一服をしに行っていたため、藤原さんは、そこを逆手に取って攻め込んできたようだ。

けれど、タイミング悪く(私としてはナイスタイミングだ)菅野君が戻ってきてしまい、熱々のコーヒーを頭からぶっかけられた……と。

どうやら、そういうことらしい。


「つーか、もう一回買ってくる」

「あ、うん、ありがとう」


慌ててお礼を言うと、菅野君はこちらには振り向かずに右手だけを気だるげに上げ、ついでにもう一服してくるのだろうか、自販機と喫煙所完備の休憩室のほうへと歩いていった。
 
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