遅咲きプリンセス。
「菅野……」と、ひどく弱々しい声で囁いた課長に対し、私は反対に大きな声を上げ、課長の視線の先ーー会議室のドアへと目を滑らせる。
と、そこには、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で立ち尽くしている菅野君の姿があり、奇しくも課長と「あ……」と声が合い、しかも、待ってと手を伸ばしはじめたタイミングで、彼はきびすを返して部署を出て行ってしまったのだ。
少し見えた菅野君の右手にはスマホが握られていたようだったので、おそらくは忘れたことに気づき、引き返してきたのだと思われる。
けれど、このタイミングの悪さって……。
課長との一連のやり取りを、菅野君はどの場面から見ていたのかは分からない。
ただ、菅野君のことが好きだ、と言った場面はしっかり聞かれてしまったのだと思われ、課長にキスを迫られたことより、むしろ、思いもよらない形で気持ちを知られてしまったことへのショックのほうが、何万倍も大きい私だ。
「す、すまなかったな、鈴木。なんか俺、すっかり酔っぱらっちまったようでよぉ。あはは」
「遅いんですってばっ!!」
再び課長と2人きりになってしまった会議室、その、何ともいえない居心地の悪さの中、唐突に課長が口にした、空気が少しも読めていないその一言に、私はとうとう、怒り狂う。