遅咲きプリンセス。
「はぁい、もういいよ~」
やがて私を解放したお客様は、若干、オネエな口調でそう言うと、すぐに黒のビジネスケースから手鏡を取り出し、私の前に持ってきた。
指紋一つ付いていない、よく磨かれた綺麗な鏡に映っていたのは、困惑しきった顔をしてはいるものの、くせっ毛のロングブラックの髪に、目にかかるほど長い前髪の奥には機能重視の眼鏡をかけた、いつも通りのダサい私だ。
……鏡はあんまり好きじゃない。
いつも通りの私だと確認すると、早々に目を背け、改めて課長に「あの……」と視線を投げた。
すると課長は、なぜか少しだけモジモジした様子を見せたのち、それを気の迷いだったと追い払うように、わざとらしい咳払いをして言う。
「こちらの方は、諸見里伸也さんといって、新進気鋭のコスメデザイナーだ。商品自体のデザインもそうだが、パッケージやキャッチコピーもご自身で考えていらっしゃって、新商品のアイデアもたくさん持っている」
「諸見里さんって、あ、あの……?」
「そうだ。“あの”諸見里さんだ。今日、弊社にお越しくださった理由は、商品化へ向けて試作中のリップグロスを売り込みに来てくださったというわけなのだが、そこで鈴木、お前だ」
「……はあ」