その"偶然"を大切に
「違いますよ。少し訳があって色々と助けて貰っただけです」
「訳って?」
「それは――――」
「俺が眼鏡を壊してしまったんだよ」
そんな声に、私は階段の方を見やる。今来たばかりらしい樹くんがいた。
彼はそのまま彼女に「明日香さんの眼鏡をね」と、僅かに含みのある言い方をした。
私は何を言うべきかと口を開くが、何も思い付かなくて結果口を閉じる。
入らないの?といわれ、彼女は「変なことを聞いてごめんなさい」といってそそくさと講義室へ入っていく。
それを見ていたが「明日香さん」といわれ、少し困った。
こういう状況を、うまくさばけない。
「なんか変なこといわれた?」
「いや、いわれてないよ」
「ならいいけど――――」
講義室に少しだけ入りにくかった。
先に講義室に入ったあの人は、後ろの方にいるようだった。それは少し心地悪さを覚える。
やはり色恋関係が絡んでいる女の子は怖い。
講義がおわったあと、樹くんと私は別れた。そのあとは奈美に「何かあったの?」といわれ、苦笑。
樹くんから受け取ったノートを見ながら、奈美が「昨日の女の子、明日香のことみてたから」と続けた。
やはり、昨日の女の子だったのか?
奈美に朝あったことを話すと「なにそれ」と返ってくる。
「ひがみじゃないの、それ」
「ちょ、ちょっと奈美」
あっけらかんと言った奈美は、気にしなくていいのよ、という。
樹くんは誰のものでもないのだからと。 誰のもの、って。
そんなもの扱い、と奈美にいったが彼女は笑うだけ。
奈美からノートを受けとり、それに見えるように近づくと「本当に不便よね」と奈美が言う、、確かに不便だ。
アパートでも料理をしたり洗濯をしたり―――手元がはっきりしないというのは不便なものだ。文字を書くのも顔を紙にずーっと近づけなくてはならない。奈美のいう通りだ。