その"偶然"を大切に




 分厚い本を何冊か抱えていた男の人が、少しふらついて思いきり机にぶつかったのである。

 マッサージしていた私はひどく驚いた。そして妙な音を聞いた。
 軽いものか落ちた音と「あ」と、やや重みのあるものかいくつか落ちる音。そして高い音。
 軽い音は机から眼鏡が落ちた音で、高い音というのは男の人がうっかりその足で眼鏡を踏んだ時の音――――であるらしかった。




 男の人は両腕にたくさん本を抱えてまず「あ」といったかと思うとその本を机におき、しゃがみこむ。私もつられて椅子から立ち上がり、床に手を伸ばす。裸眼だと視界はモザイクがかったようになってしまう。しかし私の"体の一部"が大変なことになっているのは想像出来た。


 まるで、漫画みたいだ。

 妙に冷静な私をよそに、こういう状況を引き起こした男の人はというと、「あの」とこちらへ声をかけた。しゃがみこんでいたはずが、おぼろげだが正座していることに気づく。





「本当、ごめんなさい。その、これ、えっと、がっつり壊してしまって」

「え、あ、そうですね」





 男の人は私が壊れた眼鏡に手を伸ばそうとすると、「割れてるので、俺が」といって自分で拾っているようだった。
 行き場の失った手は、弾かれたように自分のハンカチへ向い、「これに」とさしだす。




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