キスをしない男
美香とは、初恋の相手で、俺の婚約者だった。
それが、ある日。風邪を理由に早引きした彼女の見舞いに行くと、家の前で熱くキスを交わす男女の姿を目撃した。
それが、紛れもなく美香だったのだ。
立ち尽くし、その止むことのないキスを交わす姿を、俺はただただ見る事しか出来なかった。
怒りに任せて、男を殴る事だって出来たかもしれない。
だが、その時の俺は、奈落の底に叩きつけられたような悲痛感しかなかった。
それ以来、俺はキスが出来なくなっていた。
瞳を閉じて、唇を重ねれば、あの時の美香が浮かんできてしまうから、誰にも本気にならない身体だけの関係を、俺は今も続けている。
島田は、そんな俺を心配に思っているんだろう。
「女遊びも程々にしろよ?お前にはしっかり前を見て進んで欲しいんだよ、もう、いい歳なんだからさ」
「わかってるよ」
「“キスをしないヤるだけの男”なんてレッテルはられるから、ろくな女が来ないんだよ」
何も言い返せないな。
確かに言い寄ってくるのは、皆寝るだけの目的以外何もない女ばかりだ。
“ヤるだけの男”の興味本意だけで、近付いてくるのもいる。
「あ、あの……!!」
ふと、声をかけられ振り向くと、半年前来たばかりの新人の娘が書類を持って来た。
「こ、これ、何処に持って行けば良いですか?」
「ああ、島田のとこだけど、今いないから、俺がやっとくよ」
「ありがとうございます!よ、よろしくお願いいたします!」
そう書類を受け取るが、まだ、彼女は何か言いたげに緊張した面持ちで、立っている。
まだ、何か用なのか?
「もう、戻っていいから」
「あ、あの!高田先輩今日の夜空いてますか?」
え?
その言葉に思わず彼女を見ると、顔を真っ赤にさせて俯き、俺の返事を待っている。
「ああ」
そう、答えると彼女は嬉しそうに、ありがとうございます!と席に戻っていった。
何か相談でもあるのだろう、そう思っていた。