キスをしない男
二人で食事をした帰り道。
彼女を送ろうと歩き出したその時だった。突然、ギュッと俺の袖を摘まみ、彼女が立ち止まる。
「どうした?」
「あ、あの!此処行きませんか?」
視線の先には、ラブホテルが華やかに建っていて、俺はいつもの如く誘われるままに、ホテルの一室を借りた。
彼女だけは違うと思っていた。
そう、思っていたのに、俺は何だか少し幻滅していた。
部屋に入るなり、早速、彼女をベッドに押し倒すと、器用にブラウスのボタンを外していく。
隠れていた鎖骨が露になった時、ふと、彼女の身体が震えている事に気付き、俺はその手を止めた。
「震えてる」
「あ、す、すみません!でも、気にしないで下さい、私が望んだ事ですから」
そう、俺の手を強引に掴むと、自分の胸に押し当てる。
華奢なその身体も、細長い綺麗な指も、小さく震えていて、俺は、思わず捕まれた手をそっと外すと、スーツの背広を彼女にかけた。
「無理矢理ヤる趣味はないんだ、此処を出よう。送って行く」
「ダメ……ですか?私の何がダメですか?先輩は、経験豊富な大人の女性としか、しないのですか?私は……先輩の事がずっと……」
ポタポタと、彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
こんな姿を目の当たりにして、気付かない訳がない。彼女は、俺の事が好きなんだと。
きっと初めてだったに違いない。
それを、捧げる覚悟を持って、俺を誘ってくれたという事なのか。
俺は胸が締め付けられる思いで、彼女を抱き締めると、優しく頭を撫でた。
「ごめん、篠崎の気持ち全然気付いてやれなくて。お詫びに、明日ランチでもどうかな?」
「は、はい……!!」